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田中稔也選手移籍に際し。

どうも、yosuieです。
昨日、田中稔也選手のレノファ山口への移籍がリリースされました。
2019年、当時J3だったザスパクサツ群馬に加入、地元沼田の出身ということもあり、鹿島ユース出身ということもあり、サポーターの期待はリリース時から大きく膨らんでいました。

当初はなかなか試合に絡めませんでしたが、途中出場で結果を残し、今では欠かせない選手となっていた、はずですが・・・。
移籍の経緯も含めて詳しいことは当然わかりませんし、いろいろな考え、選択肢を探ったうえでの結果だと思います。この選択がどういう行く末をもたらすのかは、未来にならないと出ません。
ひとまず、4年間ザスパで戦ってくれた稔也には「ありがとう」「これからもがんばれ!」と言ってあげたいです。

彼が輝いた試合はたくさんありますが、その中でもJ3時代、アウェイ長野戦での決勝ゴール(J初ゴール)と、ホーム熊本戦の勝ち越しゴール、いずれも試合終了間際に決め、「アディショナルタイムの男」と異名が付いた(とか付かなかったとか)きっかけの2試合のレポートについて、過去にすずきさんのなっからザスパ!に寄稿したものを、再掲したいと思います(つまり焼き直し)。


94分の閃光

僕らはこの光景をいつまでも忘れないだろう。スタジアムのライトに照らされ、緑の芝にひざまづき、溢れる感情を抑えきれずに、両手で顔を覆う彼の姿を。

当初は雨の予報だった。日が近づくにつれ徐々に内容が変わり、迎えた当日、群馬は30℃に届く暑さと、強い風が吹き荒れる、まったく別の陽気になった。長野市は、群馬にも拠点のあった真田氏ゆかりの地。高速を使えば、目的地の長野Uスタジアムまで、そんなに長くはかからない。試合開始の2時間前には到着できるように、刻を見計らって車に乗り込んだ。

幸い道も混んでいない。しかし、上信越道に入り碓氷峠に近づくと、にわかに厚い雲が湧き出てきた。山沿いの天気は不安定になっている。いくつかトンネルを越えて、千曲川のほとりにたどり着いた頃には、空一面が雲に覆われていた。群馬と比べて、気温も低い。

1年前、意気揚々と向かった僕らの目に飛び込んできたのは、田園風景の先に佇む、巨大な建造物。そこには、屋根付きの素晴らしいサッカー専用スタジアムがあった。強い羨望と大いなる敗北感。その時の思いがまた蘇る。アウェイ入場口には、ザスパサポーターの入場列が伸びていた。選手バスを鼓舞するパルセイロサポーターの歌声が響いている。売店には、おやきや山賊焼き、蕎麦などのご当地名物が並んでいる。

試合まであと1時間を切った。和やかだったスタジアムの空気に、少しずつ緊張感が混じっていく。ピッチアップを始める選手たちの気持ちを盛り上げるように、双方のゴール裏からチャントが響く。

屋根に反響して増幅されるアンセム。選手入場の音楽が流れると、パルセイロ側のスタンドだけではなく、ザスパのゴール裏からもビッグフラッグが出現した。選手の往来も多く、隣県の良きライバルとして、お互いをリスペクトしているからこそ、このスタジアムの雰囲気が成り立つ。しかし、勝負は負けられない。昨日、首位の熊本が敗れた。今日勝って3連勝を飾れば、勝ち点を詰めることができる。パルセイロボールで試合はスタートした。

ここ2試合で9ゴールを叩き出しているザスパ。好調な攻撃陣が、パルセイロゴールに襲いかかる。対するパルセイロは、自陣のスペースを埋めつつ、ロングボールでザスパのDF裏を突く。その攻撃をはじき返そうとして、アクシデントが起こった。CBの舩津徹也と渡辺広大がヘディングで交錯、舩津の額に血が滲んだため、ピッチ外での治療を余儀なくされた。一時的に数的不利となったザスパに、パルセイロが牙を剥く。右サイドからのクロスはPA外にはじき出したが、こぼれたボールに詰められ、相手選手に当たってコースが変わる。ここはGK吉田舜がとっさの判断で足に当て、事無きを得る。

苦しい時間が続いた。スペースは埋められ、ザスパのストロングポイントであるサイド攻撃が生かせない。相手に持たれる時間が自然と長くなり、ここ何試合か味わっていない、ジリジリした展開となる。それでも、勝てない苦しみから這い上がり、勝利の味を知った選手の目は、光を失っていなかった。ゴールラインを割りそうなボールにも、必死に食らいつく青木翔大と岡田翔平。少ない綻びから突破を試みる吉田将也と光永祐也。黒豹のようにしなやかな動きで相手のボールを奪い取る佐藤祥。チャンスに繋げられず、咆哮する金城ジャスティン俊樹。この日はゴールを挙げられずにピッチを去った、高澤優也の悔しそうな顔。必死にボールを追い、勝利への執念が滲み出る姿。求めていたのは、このザスパだ。

後半も残りわずか。ザスパにこの日最大のチャンスが訪れる。右サイドコーナー付近で佐藤がボールを絡め取ると、即座にセンタリング、待ち構えた青木がドンピシャのヘッドで合わせた。しかし、挙げかけた両手は、相手GKのファインセーブで押しとどめられた。

負けられない。布監督が、次々と攻撃のカードを切る。ドリブル突破のできる田中稔也、前線でターゲットとなる福田俊介。ケガから復帰した窪田良がピンポイントのパスを吉田将也に通すも、ゴールに繋がらない。 

90分を過ぎても試合は動かない。流れが良くない。声を上げながら、苦い記憶が頭をよぎる。
(また引き分けなのか…)

ボールはザスパ陣内へ。タッチラインに逃れるも、前半から脅威となっていたロングスローがゴール前に入る。一度弾くも、セカンドボールを拾われ、再びPA内にボールを入れられる。 
(決められるかもしれない…)

精度を欠いたクロスを光永がクリア、拾った窪田がタックルを受けながらも、ボールを前線に送った。
(残り時間は…?)

待ち受けた加藤潤也が前を向く。相手GKはまだ準備が整っていなかったが、加藤はシュートを打たず、猛然とゴールに向かってドリブルを開始した。 
(入らないかもしれない…)

相手DFの戻りも早い。引きつけた加藤が右足のアウトサイドでボールを出す。
(入らないかもしれない…)

走り込んだ田中は、ダイレクトに打たず、右足で受けると、左に切り返した。
(入らないかもしれない…)

GKの動きを見極めながら放ったシュートは、パルセイロゴールの右隅を射抜いた。

眼前の出来事に、はじけるゴール裏の空気。自分が何を叫んでいるか、何が聞こえているか、解らない。直後に吹かれた試合終了のホイッスルは、耳に届かなかった。チームメイトに手荒い祝福を受けた田中が、ゴールライン際まで歩み寄り、膝を落とす。両手で顔を覆った後、天を指し、何かを叫んだ。目蓋に滲んだ水分で、その姿が歪んで見えた。散り散りだったスタンドの歌声が徐々に揃っていく。

茶臼山の手薄な家康本陣を狙う真田赤備えの突撃の如く、ラストプレイでのゴール。突き出した槍は届いた。AC長野パルセイロを1-0で下し、ザスパは3連勝を果たした。劇的勝利とニューヒーローの誕生。上位追撃の準備は、今整った。


勝利のために必要なもの

目の前のゴールネットが揺れた。紺色のユニフォームが膝をつく。しかし、チャントは途切れない。選手を再び立ち上がらせるために。

2019シーズンのJ3も、残すところあと6節。クライマックスが近い。前節首位ギラヴァンツ北九州が一歩抜け出し、勝ち点差5で3位につけるザスパは、引き離されないように目の前の試合に勝つしかない。さらに、前日に北九州、2位の藤枝MYFCがすでに勝っている状況。もう勝ち点3以外は許されなくなっていた。
対戦相手は勝ち点が並んでいるロアッソ熊本。アウェイでは悔しい逆転負けを喫している。J2昇格への生き残りをかけた大勝負となる。
祝日の夕方、正田スタに集まったサポーターは4000弱。陽が沈んで、寒さが地面から伝わってくる。加えて上州名物の空っ風が、斜めに吹き込んできている。しかし、スタンドはその冷気を遮るように、サポーターの熱気に包まれていた。
ザスパのスタメンは、GK吉田舜、DF吉田将也、舩津徹也、渡辺広大、光永祐也。ボランチには出場停止の佐藤祥に代わり、田村友と磐瀬剛が初先発となった。右SHに姫野宥弥、左に田中稔也。ツートップには岡田翔平と加藤潤也が入る。サブには2試合外れていた後藤京介が戻ってきた。対する熊本は、2年前までザスパに在籍していた高瀬優孝が左サイドで姫野、吉田と対峙する。
コイントスで勝った熊本は、攻撃方向をチェンジ、風上に立った。これが序盤の攻防に大きく影響を及ぼした。キックオフ直後から、前に出てくる熊本。左サイドに陣取る高瀬が、鋭いクロスを早々に放り込んでくる。風にも乗ってゴールまで届いたボールは、ポストを直撃。ザスパサポーターは肝を冷やした。3年前は、紺黄のユニフォームを纏い、当時のエース瀬川とのホットラインでアシストを量産。その後ケガもあったが、その運動量と左足の精度は衰えを知らず、敵に回すと厄介だということを改めて感じた。序盤は高瀬の後手を踏んでいた、ザスパの右サイド。しかし、時間の経過とともに、姫野と吉田の連携でその脅威を封じ込めていく。ボールが渡る前に距離を詰め、アーリークロスを出すスペースを与えない。前線の岡田と加藤もチェイスを繰り返し、中盤では田村と磐瀬が熊本の攻撃に芽を摘む。バイタルに入りこまれても、舩津と広大が粘り強く対応し、熊本にシュートを撃たせない。風下のザスパはセカンドボールを拾えず、押し込まれる展開から何度もCKを取られたが、冷静かつ的確な対処で大きなチャンスを作らせない。熊本にとっては風上を得た前半のうちに先制しておきたかっただろうが、0-0のままハーフタイムを迎えた。
後半は風上となるはずだったザスパだが、試合当初のような強い風は収まり、優位性はなくなってしまった。だが、勝ち点3はもぎ取らなければならない。前半はある程度自陣内に引いて守っていたが、後半は積極的に前から圧力をかけ始める。徐々にザスパがボールを持つ時間が増えると、この日最初のビッグチャンスを迎える。62分、右サイドの姫野が加藤とのコンビネーションで中央に侵入、放った左足のシュートは熊本GK山本海人に弾かれるが、こぼれ球を狙っていた岡田が素早くボールに寄せて、右足でゴールに流し込む。しかし、無常にも左ゴールポスト脇を外側にすり抜けてしまう。先制のチャンスを逃してしまった。どちらも勝ち点3を譲れない。その後も一進一退が続き、時計の針はスコアレスのまま73分を迎える。ベンチの布監督が動く。岡田に代え、復帰したての後藤を投入。加藤がワントップに、トップ下に後藤が入った。パス能力の高い後藤にボールが集まりだし、試合の流れがに変わり始める。74分、後藤のパスを起点に右サイドの吉田から中央に折り返し、受けた田中がシュートモーションからフェイントでヒールキック、後ろにいた磐瀬が低弾道のミドルシュートを放つ。しかし、これを山本がファインセーブ。1点が遠い。
時計の針が80分を指す。残り10分。そして、運命はここから大きく揺れ動く。熊本の守備が緩んできているのが、素人目にも分かった。左サイドでボールを持つ加藤がすかさず縦パスを入れる。PA内で受けた姫野はダイレクトでいったん外へ送る。待ち受けていた光永が、中央にクロスを送ると見せかけて、マイナスのグラウンダーパスを出す。完全にフリーとなった後藤が左足を振り抜く。そのシュートは、ゴールマウスの左隅を射貫いた。先制点を奪ったのはザスパ。盛り上がるスタンド。このまま終えれば、勝ち点3を奪えるはずだったが、負けられないのは熊本も同じ。その執念がザスパに襲いかかる。すでに三島、原一樹といった攻撃のカードを切って、是が非でも勝ちに繋げたい熊本は、一瞬の隙を逃さなかった。86分、ザスパPA手前の中央付近で得たファウルによるFKをクイックリスタート。サイドに展開し、上げたクロスを吉田が一度は弾いたものの、こぼれたボールを押し込まれる。1-1の同点。あと少しを逃げ切れなかった。
しかし、スタンドの空気は冷えていない。すぐさま選手を鼓舞するチャントが響き渡る。
「ここから始まる道 前だけ向いて 恐れることなく行こう 俺たち草津」
今シーズン、何度も起こしてきた奇跡。その残像が、サポーターの瞼の裏には残っている。リスタートしたザスパの選手たちも、焦ることなくボールを繋ぐ。しかし、時計は90分を回っている。残るはアディショナルタイム4分。さらに1分が経過する。右サイドに持ち上がった舩津から、寄ってきた後藤が受け、最後尾の広大に回す。今度は左に展開、受けた光永が田中に送る。内側に切れ込みながら前線の加藤へ。受けた加藤は左に流す。パスを出してからオーバーラップしてきた光永が、そのボールをダイレクトで折り返す。ゴール前に上がっていた田村が、DFを引き付けてボールの下をくぐる。ボールを捉えたのは、後ろから走り込んできた田中。ジャンプしながら放ったヘディングシュートが、ゴールネットを揺らす。ザスパの救世主が3度目のアディショナルタイムゴールをもたらした。総立ちで沸き立つスタンド。興奮冷めやらぬまま残り1分、熊本陣内でボールキープしていた光永が、隙を見つけてゴール方向にドリブル、角度のないところからシュートに行かず、マイナスに戻す。待ち受けていたのは途中出場の岩田。右足インサイドでボールの角度を変え、ダメ押しのゴールを押し込んだ。3-1。昇格のライバル熊本を突き放す、価値ある1勝を挙げた。
最後まで決してあきらめず、勝利をもぎ取った勇者を迎えるスタンド。勝利の草津節が響き渡る。ここ数年、忘れていたこと。勝利のために必要なものは、選手の能力や監督の采配だけではない。フィールドの選手、ベンチ、スタッフ、サポーター、関わる人すべてが、同じ意識を共有すること。この日のスタジアムは、J昇格後初めて連勝した、あの時の光景と重なって見えた。


…ということで、この先も悲喜こもごもあると思いますが、心を整えて開幕を待ちたいと思います。



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