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バルコニーで本を読むのが幸せだと思う勇気

橋本治の「宗教なんかこわくない!」を再読している。

同書は僕のバイブルであり、前も記事で紹介した。

どういうバイブルかというと、「自分の頭で考える」ということを初めて大人に教えてもらったという意味で僕のバイブルだといえる。

さて、僕は最近マンションのバルコニーで本を読んでいる。バルコニーで本を読むことの何が良いかというと、外の空気を吸えることと、夏の暑さを感じられることにある。

一日中室内で仕事をしている反動だろうか、クーラーで冷えた室内よりも灼熱の屋外で過ごしたいと思うことがある。外へ出ると、冷たくなった体がぽかぽかと暖められ、妙にホッとするのだ。最近は最高気温が35度近くになる日々が続いているが、暑い日差しの中で過ごすのがやけに気持ちがいい。暑いが、それがいいのだ。

てなもんで、ムッとする暑さの中で「宗教なんかこわくない!」を読んでいる。

ところで、正直なところ、僕には趣味と呼べるものはない。夢中になれるものがない。これはもう僕の人格だといってもいいだろう。もう10年くらい、熱中できる趣味がないことに悩んできた。心当たりのあるものをいくつか試してみたが、どうやら僕は一つのことに熱中し続けることはもうできないらしい。いや、本当のところはどうかわからない。もしかしたら熱中できるものに出会えてないだけなのかもしれない。

でも、僕はもう答えを出してしまおうと思っている。熱中しつづけることができないのは僕の性格であり、もう趣味を探すのはあきらめた。あきらめないと辛いだけだから、もう「性格の問題だ」と結論付けてしまう。

しかし、僕には分かりやすい「趣味」はないけども、バルコニーで本を読むのははっきりと好きだ。確かに僕はいま、バルコニーで本を読むのが気持ちがいいのだ。

だが、バルコニーで本を読むのが趣味だと他人に答えるつもりはない。「趣味は何?」と聞かれて「バルコニーで本を読むことかな」とは答えない。

なぜかというと、世間一般的にそんなことは「趣味」ではないからだ。世間一般的な趣味とは、「旅行」とか「スポーツ観戦」とか「美術館巡り」とかで、例えば「海外旅行が趣味なんです」という答えは相手を黙らせることができる。なにもツッコミどころがない。「趣味は何?」という質問への模範解答だ。

反対に、「バルコニーで本を読むことが趣味です」には比較的市民権がない。あえてちょっと奇をてらっているように聞こえるし、「バルコニー」と「読書」の掛け合わせはなんとなく気取っているように聞こえるだろう。苦し紛れに出した哀れな答えのように感じる。

なので、「バルコニーで本を読むことが趣味です」は僕の心に秘めておくことになるのだが、ここでまた1つ問題がある。市民権がないことを自覚している自分との闘いだ。

「世間からの目」はほとんど「自分からの目」でもある。芸能人やインフルエンサーが「世間から嫌われている」みたいな話をしているのを見て、「その世間ってだれのこと?」と思ったことはないだろうか。僕はあれはほとんど「世間」じゃなく「自意識」なんだろうと思っている。

それと同様、僕が「世間ではウケない趣味なんだろうな」と思っているとき、その「世間」とは自意識のことでもあると思う。なので、僕は僕の自意識過剰によって自分の「バルコニーで本を読むことが好き」という気持ちを殺さないようにしなければならない。その闘いだ。

でも、その闘いの制し方は案外単純だ。僕が「これが自分の幸せなんだ」と結論付けてしまえばいいのだ。僕が「世間からの目」をさっさと捨ててしまい、「僕は僕の基準で幸せになるんだ」と腹を決めればいい。

問題は、「そんなこと自分で決めていいの?」という他人任せな思考だ。僕がわざわざいうことでもないが、今は「他人の意見(のようなもの)」にインターネットで簡単にアクセスできるので、自分でわざわざ考えたり決めたりする機会は少ない。「名作」と呼ばれる映画もすぐに知れるし、最新作もレビュー評価を見ればどんな評価を得ているかすぐにわかる。

ちょっと前に「鬼滅の刃はおもしろいか?」みたいな論争があった。「僕は初期から面白いと思っていた」とか「ただの流行りでおもしろくない」とかの意見が飛び交っていた。こういう論争は今もどこかで起きている。

しかし、そもそも論争になること自体がナンセンスで、たった1つの真実は「みんなそれぞれの感想でいい」だ。

大勢が面白いと言っているものをつまらないと思っていいし、大勢がつまらないと言っているものを面白いと思っていいし、そもそも、べつに鑑賞しなくたっていい。

つまり、「自分の頭で考えよう」ということでしかない。僕は僕の好きなものを好きだと思い、それを「他人の意見」という自意識過剰によって却下してしまわない勇気を持つしかない。

自分の意見を確かめたい気持ちがネット上で論争を巻き起こすんだろうが、見てのとおり不毛なことだ。

橋本もこういっている、「自分の頭で考えることは孤独なことである」って。

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