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結局どこへ行ってもがんばり続けないと幸せになれないのが人生ならいっそ…と思うときは

こんにちは  よっしーです。
こちらのnoteは主に、頭の中でもやもやしている悩みなどを言語化して行動目標につながるようにと思って使っています。

タイトルで共感する部分があれば、読んでみてもらえるとうれしいです。
何か参考になれば幸いです。


今回は、タイトルのように思うときは皆さんありませんか、ということについてです。

例えば僕の場合、インフルエンサーと言われる人達がネット上などで現れだしたのを2018年くらいから見聞きし始め、なんかすごく自由な世界があるのかも、と単純にそれに影響を受けて2019年には会社を辞めてみました。

それによって普通に大学卒業して会社勤めしてるだけでは見えてこなかったであろうことを少なからず知れたと思い、よかったなと感じています。

しかし、やっぱりわかったのは結局、どこへ行ってもがんばり続けなければいけないということ、つまり、山頂についてやっと荷物を下ろしてゆっくりお弁当でも食べられる、みたいな「登りきった」ということは人生には存在しないということです。

登ったと思ったら、今度はもっと険しい山がそびえているだけで、登るコースを変えてみても同じでした。
一応、現代では医療も充実し、生活保護もあるので、登らないでいることも可能ですが、幸せからは遠ざかっていき、どんどんみじめになっていくと予想されます。

これは、高校生くらいの頃からうすうす感じていて、今(高校生)ですら必死で生きてるのに、どれだけがんばっても休むところにたどり着けないなら生きていきたくないな、
つまり
死んで無にでもなれるなら早めにそうなりたい
と思っていたものです。

そんなこと考えたこともないという人ならいいですが、実は、心の奥ではそう感じていて、無理にでも仕事や遊びでごまかしているという人もいるのではないかと思います。

ごまかしきれなくて、安楽死を望む人が出てくるのは、上記のような悩みであれば気持ちはすごくわかります。


みんななぜ平気でいられるのか、しかも何かに向かって向上心いっぱいやっていこうとできるのか、もしくは、仕事を続けていられるのか、僕はわかりません。

人によっては
「お前みたいな向上心のない人間は安楽死してくれたほうが地球の資源がその分浮くよ」
と言われてしまう考えかもしれません。
でも、死ぬ勇気もないし、やっぱりまだ死ねないな、とも思うのです。
せめて最小限の消費で過ごそうとは思っていますが。


さて、このように、どこまでいってもがんばり続けなければいけないなら、もういっそ消えてしまいたいと思うとき、思いつくアクションプランは以下のようになると思います。

●その気持ちをごまかせるような生きがいを見つける
 いわば、悩む暇をなくす、という感じの事で、これがよく言われることではないかと思います。
または誰かに必要とされることはないか探すこともそうです。

●死ぬ前に、本当に生きる意味はないか、生きる意味を謳っているものはないか探してみる
 本当に捨ててしまってもよかったものなのか、捨てる前に探してみるということですね。
ちなみに、多くの知識人は生きる意味はないと結論づけています。まともな人がよく考えるとほぼこういう結論になると思います。
おそらく、あると言ってしまうと自由を奪う可能性があることを危惧してというのもあるのではないかと思います。

ない、と責任もって言ってくれるなら、僕は安楽死の準備をすると思いますが、やはり個人的にはないのかあるのか心配なので、捨てずにまだ保っておこうと思います。

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