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『出水の鶴』

福岡市内で働くトモ。今日は鹿児島のとある村で一人暮らしの母の誕生日。70歳になる日だった。数えで言えば古稀にあたる節目。仕事が忙しく時間が作れず長いこと会っていない母のために、「この日ばかりは…」と無理をして帰省の予定を入れた。ところが福岡県にも緊急事態宣言。それを受けてと思われる母からの電話。母の住む村では高齢化が進みほとんどが老人で、都会からの帰省は憚られるというのである。予定がぽっかり空いたので、急に思い立ち、出水に鶴を追って一人でドライブ。トモは赤いシビックの窓をいっぱいに開け、頬杖を突いて、鶴の群れをぼんやり眺めている。風に舞う長い髪に気だるそうに目を細めながら、でもかき上げるでも押えるでもなく、全てをそれに委ねている。時だけがゆったり流れて、目の前の鶴の鳴き声と羽音が、何故か遠くの方から聞こえてきて、動くものを追わなくなった目には全てが留まって見えている。ふとトモが「風が冷たい。」と呟いた。その言葉を待っていたかのように、時はまた元のように流れ出し、突然鶴が一斉に羽ばたいた。何もなかったように窓を閉めて車を動かしたトモの心の中に心地よい冷たい風が一瞬通り抜けたような気がした。

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