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大事な人をたいせつに。心の奥にある錨(アンカー)


意味を感じた出来事

長年勤務した会社の先輩とは退職後も交流があって、特にコロナ渦の頃は、私と家族の安否確認や足りないものはないか、困っていることはないか等ひんぱんにメールをもらっていたんです。

その後、お互いに少し忙しくなり間隔が空いていたんですが、7月、久々に顔を見に行ったら、前の日に別の先輩が骨折したと聞かされました。
転び方が悪かったらしく、、きっと連日の暑さで疲れがたまっていたんだろうなぁ。

対応策についての打ち合わせがあるとのことで、「お互い気をつけよう。何もなくてもこれからは月イチで顔を合わせよう」と話して、その日はすぐ帰って来たんです。

家に着くと親戚が熱中症で急逝したと家族から聞かされました。
いつも元気だったので、親戚一同びっくり。
私は悲しみと同時に、いてくれて当たり前と思っていた存在が急にいなくなる怖れを感じて、ザワザワがおさまりませんでした。

大事な人をたいせつにしたい

元々私は広く浅くではなく狭く深くのタイプで、大事な人はとことん大切にしたいと思っています。

大事な人が天国へ出発する度にその思いをあらたにするのですが、平穏な毎日が続く中で忙しかったりすると、きっと大丈夫だろうと思って「先送り」や「あと回し」にしてしまうこともあったなぁ。

親戚の急逝で大事な人をたいせつにしなければと、あらためて思い直しました。

そしておととい、今月の日程をすり合わせしようと先輩に連絡したら、健康診断で病気が見つかったと聞かされました。
これ、会うための連絡を取り合ってなければ、あえて知らされずにいたと思います。

私は「きっと元気で忙しく働いてるだろうなぁ」と思っていたことでしょう。
身体をこわしていることを知らずに。

やっぱり大事な人はたいせつにしないと…です。

何もなくても連絡したり、なるべく顔を合わせるようにしたいと思いますよ。
特に用事がなくても、ただ「元気でやってる?」だけでもいいから交流したほうがいい。

わたしの錨(アンカー)

東日本大震災の時、仕事で出会った浜の人たちに何度も何度も聞かされました。

今、できることは今しないと。
後ではできなくなることもある。
どんなに後悔しても二度と戻って来ない。

「ありがとう」や「愛してる」「ごめんね」
伝えたいことを今伝えないと。
どんなに願っても、もう会えない。

聞かされた思いは年月が経っても、私の心の底にしっかりと生きてます。
今回のようなことがあると、心の奥でグーッと引っ張られて思い出すんですよね。

ヨッシーより

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