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漫画におけるアントニオ猪木の歴史 05 (2000年代以降)

2000年代の日本プロレス界、特に新日本プロレスは後に “暗黒時代” “冬の時代” と呼ばれる苦境に立たされていた。
その原因の一つとして団体にまだ影響力のあった猪木の「格闘技とプロレスを分けて考えない」という考えが時代にあっていなかったという面があるだろう。その後、新日本プロレスの株式を売却した猪木は様々なイベントや団体を旗揚げするも、多くはほぼ初手の段階で頓挫するという有様だった。

2020年に難病におかされていることを告白。
2022年10月1日に心不全により 79歳でこの世を去った。
自身の YouTube チャンネルには亡くなる 10日前の様子がアップされており「猪木さんには最前線を走り続けてほしいです」の言葉に「この声が俺の一番、敵なの」「でも敵がいる限り、いいじゃないですか」と答えていた。


2001年 (H13年)
11/14 自身の所有する新日本プロレスの株式を株式会社ユークスに売却。2007年 (H19年)
3/8 IGF (イノキ・ゲノム・フェデレーション) 旗揚げ。
2010年 (H22年)
2/1 日本初の WWE殿堂入りを果たす。
2012年 (H24年)
7/10 中国で上海愛武を旗揚げ。
2013年 (H25年)
6/5 日本維新の会から参議院銀通常選挙比例代表で出馬して当選。
2015年 (H27年)
1/8 日本を元気にする会を設立。党最高顧問に就任。
2017年 (H29年)
5/25 新イベント ISM の旗揚げ。
10/21 『INOKI ISM.2』で生前葬を行う。
2020年 (R2年)
7/26 心アミロイドーシスにおかされていることを告白。
2022年 (R4年)
10/1 全身性トランスサイレチンアミロイドーシスによる心不全で死去。


2000年代。日本のプロレス人気は低迷していたが、K-1、PRIDE といった格闘技イベントはブームのピークを迎え、またアメリカのプロレス団体 WWE は日本での人気を高めていた。
必然的に以降の格闘漫画には総合格闘技ものが徐々に増えてきていたがエンターテイメントに昇華させるのは難しくヒット作と呼べるものは現れなかった。

また格闘技ブームの中でプロレスのなんたるかを伝えたい者たちの手によって様々なプロレスが生まれていた。しかし「底が丸見えの底なし沼」と呼ばれたプロレスの核心を表現するのは不可能に近く、多くの作品が不完全燃焼のまま終了していった。

そんな中でアントニオ猪木をモチーフとしたキャラクターとして『アグネス仮面』のマーベラス虎嶋、『喧嘩商売』の生野勘助など名キャラクターも生まれていた。「行動力、説得力の化身」であり「何をしても許される」「何をしでかすかわからない」と放っておいてもキャラが立ち相対した者の格を自動的に上げていくその様は歴史もの作品における織田信長に近い立ち位置にあると言えるのではないだろうか。


2001年(H13年)
『格闘太陽伝ガチ』 (青山広美:画、ルー・テーズ:監修)
速水

新世紀プロレス社長。
プロレス技術の巧さに言及されている。
2001年(H13年)
『ターキージャンキー』 (にわのまこと)
アトラス冴木  (冴木寛平)

プロレスリングAsia 社長。団体の格闘技路線を推進する。
バーリトゥード路線を推してアメプロ路線を望む滝念五郎と対立
2002年(H14年)
『アグネス仮面』 (ヒラマツ・ミノル)
マーベラス虎嶋

20数年前の帝日プロレス社長。
格闘界の革命児。
思いつきで周囲を振り回すタイプの社長だが “リングの鬼神” と形容されるほどの凄みを持つ。
2004年(H16年)
『太陽のドロップキックと月のスープレックス』 (落合裕介:画、ミスター高橋:原作)
犬神真道

AWA総裁。観ている者の想像力を無限にかきたてるレスラー。
若手レスラーの日下部真琴にかつて自分の頭上に輝いていた太陽が移ったのを悟り号泣する。
2005年(H17年)
『シンシア・ザ・ミッション』 (高遠るい)
キラー猪口 (猪口佳至)

日本格闘技界の巨魁。
野生児の猫堂聖夜を総合格闘家として育て上げた。
2005年(H17年)
『喧嘩商売』 (木多康昭)
生野勘助

大和プロレスのミスタープロレス。
総合格闘家の反町隆広との死闘で半死半生になる。
多対一をしかける、相手の身体の欠損を躊躇しないファイト、などの格闘面の強さだけでなくマスコミや政界とのパイプを利用した立ち回りも得意とする。
2009年 (H21年)
『肉の唄』 (コウノコウジ)
サンダー葉山

新世紀プロレスを旗揚げしたレスラーであり国会議員。故人。
経歴はアントニオ猪木だが、外見は佐山聡か?
2012年(H24年)
『ケンガンアシュラ』 (だろめおん:画、サンドロビッチ・ヤバ子)
馬場道山寛

超日本プロレス社長。“獄天使”関林ジュンの師匠。
名前の通り、力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木の要素を併せ持ったキャラクター。

プロレス業界が全体的に格闘技路線から離れてはいるが、知名度の点から新日本プロレスの新世代のレスラーが格闘漫画に登場するケースが出てきた。

2005年(H17年)
『まいにち父さん』 (ヒラマツ・ミノル)
片田統括本部長

鈴木・グレーテスト・総四郎の戦友(自称)。
モデルは高田延彦 (ハッスル参加時の高田総統)。
2009年 (H21年)
『任侠姫レイラ』 (米井さとし:画、梶研吾:作)
羽丘勇人

西部プロレスのエース。
モデルは棚橋弘至か?
2009年 (H21年)
『肉の唄』 (コウノコウジ)
藤沢健太郎

“マット回のさわやか王子” の異名とは裏腹に枕営業でマスコミを利用した印象操作を行うなど根が腹黒い。
モデルは棚橋弘至か?
2015年 (H27年)
『Ultra Battle Satellite』 (打見佑祐)
シュトーレン神辺

UBS の換金所で暴れていたプロレスラー。甘党。
モデルは蝶野正洋と真壁刀義。

今回のまとめでは自分が所持している漫画の範囲でのみアントニオ猪木がモデルのキャラクターをピックアップした。自分が所持していないだけで猪木がモデルのキャラクターが登場していた漫画はまだまだ存在している。


60年代のアントニオ猪木
70年代のアントニオ猪木
80年代のアントニオ猪木
90年代のアントニオ猪木



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