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漫画におけるアントニオ猪木の歴史 03 (1980年代)

80年代はアントニオ猪木激動の時期である。
事業の失敗による数十億の借金と、それを肩代わりした新日本プロレスとの確執。そこに端を発した UWF の発足は猪木の異種格闘技路線とも混ざり合って後の総合格闘技とプロレスの関わりの礎となった。

80年代後半には40代半ばを過ぎて次世代のレスラーに対する黒星が増えておりプロレスラーとしての全盛期の終わりを感じさせた。
この時期は猪木の選挙への出馬やインディーズ団体の乱立など猪木自身もプロレス界も大きな変化を迎えていた。


1980年 (S55年)
サトウキビの絞りかすの再利用事業 アントンハイセルの事業失敗で数十億の借金を負う
2/27 極真空手のウィリー・ウイリアムスと対戦 (格闘技世界ヘビー級選手権)
1981年 (S56年)
4/23 初代タイガーマスクが新日本プロレスでデビュー
1983年 (S58年)
5/27 前田日明とシングル戦
6/2 ハルク・ホーガン戦 舌出しKO事件
4/19 正規軍 vs 維新軍で長州力とシングル戦
1984年 (S59年)
4/11 猪木の借金問題に端を発して新日本プロレス専務取締役営業本部長の新間寿が UWF (旧) 旗揚げ
1985年 (S60年)
9/11 UWF (旧) 崩壊
1986年(S61年)
2/6 UWFとの抗争 藤原に金的からのスリーパーで失神 KO
6/17 アンドレ・ザ・ジャイアントとのシングル戦に勝利 IWGP 3連覇
1987年(S62年)
10/6 巌流島でマサ斎藤と無観客時間無制限ノールールマッチ
1988年(S63年)
5/2 新日本を解雇された前田日明が新生UWFを旗揚げ
1989年(H1年)
2/22 長州力にシングル戦で敗退
4/24 ショータ・チョチョシビリとの異種格闘技戦に敗退
7月 スポーツ平和党として参議院選挙に出馬
10/6 大仁田厚FMW旗揚げ 多団体時代が始まる


猪木本人の混乱を他所にこの時期の漫画においては非常に多くの作品でその姿を見ることができる。
多くは「新日本プロレスのトップレスラー」という立ち位置だが、異種格闘技戦を多く行った事やこの頃に新日本プロレスと関係のあった骨法などのイメージから「格闘技全般に精通したファイター」として描かれた作品も多い。

・1980年 (S55年)
『キン肉マン』(ゆでたまご)

アントニオ強気
ジャイアント運古とシングル戦。
両者リングアウトでブーイングが飛んでいる。
1980年 (S55年)
『キン肉マン』(ゆでたまご)
アントニオ猪木

屋台でアントン・フーズの食べ物を販売している。
1980年 (S55年)
『リッキー台風』(平松伸二)
アントニオ猪木

新日本プロレスのトップレスラー
リッキー大和が全日本に入ったため出番はほぼ無い。
たまにカール・ゴッチの横に立っている程度。
1980年 (S55年)
『タイガーマスク二世』(宮田淳一:画、梶原一騎:作)
アントニオ猪木

日本プロレス界のスター。
二代目タイガーマスクとタッグを組む。
アニメ版も同様。
1980年 (S55年)
『プロレススーパースター列伝』(原田久仁信:画、梶原一騎:作)
アントニオ猪木

随所に入る解説で「アントニオ猪木(談)」という証言が何度も使用される。
猪木編では史実寄りの半生が描かれた。
1981年 (S56年)
『ミラクルボンバー』(コンタロウ)
エース早田 (S早田)

東京プロレス所属。“
プロレスの神様” F・クラウザーを師に持つ
1984年 (S59年)
『チャンピオン』
(短編集『プロレス鬼』に収録) (コンタロウ)
A・早田 (早田勇)

マスクト・タイガーに膝を破壊される
1984年 (S59年)
『プロレス鬼』
(短編集『プロレス鬼』に収録)(コンタロウ)
伊能完至

鬼道山のしごきに耐え続けた。
鬼道山に可愛がられていた番場正平に嫉妬心を持っていたが、番場もまた伊能に嫉妬をしていた。
1984年 (S59年)
『あいつがゴッチ』(しもさか保)
ストロング青木

日本プロレス所属。
新聞記者 速水轟一にレスラーとしての素質を見出す。
試合は反則負けの描写があるのみ。
1984年 (S59年)
『プロレス・スターウォーズ』(みのもけんじ:画、原康史(桜井康雄):作)
アントニオ猪木

馬場と並ぶ日本プロレスの重鎮。
魔性を秘め、ハンセンとブロディをシングル連戦で制する。
1985年 (S60年)
『闘翔ボーイ』(竜崎遼児)
海王完二

新東京プロレス社長。
格闘家寄りのレスラーであり世界最強の男。
主人公の篁大介の父の敵。
1988年(S63年)
『THE MOMOTAROH』
アントニオ猪木

単行本の描きおろし。『'90 スーパーファイト in 闘狂導夢』観戦記に登場。

この時代は長州力が頭角を現し始めた時期であったり前田日明など格闘技色の強い選手が現れたりしたことで、これまでは猪木が担っていたポジションに次世代のレスラーが起用されるケースが出てきた。

1983年 (S58年)
『ハイスクール奇面組』(新沢基栄)
長州力(ながすちから)

一応高校プロレス同好会所属。
モデルは長州力。
1987年(S62年)
『修羅の門』(川原正敏)
飛田高明

元・真日本プロレスのレスラー。
“プロレスの神様” フランク・クラウザーの弟子。
打撃、投げ、関節技と隙の無い格闘スタイルを持つ。
モデルは前田日明。

60年代のアントニオ猪木
70年代のアントニオ猪木
90年代のアントニオ猪木
2000年代以降のアントニオ猪木







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