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「帰国子女」は"海外志向"であるべき?

海外ではバイリンガルが当たり前

海外に飛び出すと、"英語が喋れる"ことはスタンダードなことで、例えば、ドイツ人が母国語(ドイツ語)、英語、フランス語の3カ国を喋れる、というのは珍しいことではない。「母国語+英語」がスタンダードで、バイリンガルは普通なんですよね。

でも、日本では英語が喋れるだけで「すごいね!」と言われたり。海外では、トリリンガル(=3カ国)くらいならすごいけど、日本だとバイリンガルということだけでも、十分に評価を得られる場合がある。英語が喋れることで得られる評価が、海外に比べて日本ではかなり高い。

ただ、もったいないことに学校英語はコミュニケーションに重点をおかれていないから、理解できても喋れない、「文法頭」の日本人が多いように思う。喋れる人が少ないから、より一層バイリンガルの価値が高まるのかも。

「ペラペラ」は高すぎるハードル

日本に生まれて、ずっと日本に暮らしている限り、余程の環境(外国人の知り合いが多い)に恵まれない限り、英語が堪能になることはない。「ペラペラになりたい!」とハードルを自分で上げすぎて、それが逆効果でモチベーションが下がっている人もいたり。

でも、世間では「海外で英語を勉強したい!」と強く願っても実現できない人が多い一方、強く願ってもいないし、努力もしていないのに、数年間も海外で英語が学べる機会を得ている人々がいます。

帰国子女は恵まれている?

そう、これがいわゆる「帰国子女」。ぼくも、中学時代の3年間をサイパンで過ごした帰国子女。彼らは(自分は)、必死に英語を勉強したわけでもないのに、周囲の英語に溢れた環境のおかげで、自然と英語を身につけていく。(でも自分はそこまでスムーズじゃなかったけど

もちろん、帰国子女でも必死に努力する人もいるとは思うけど、国内で努力する場合とは環境の恵まれ具合が違うので、国内の何十分の一の努力で同等の成果がでる。

そして、これは"時期"にもかなり左右されるから(特に発音)、時間をかければいい、という問題でもなかったりする。

帰国子女は"海外志向"であるべき?

この、めちゃくちゃ環境に恵まれた「帰国子女」たちは、海外のより多くの人達とコミュニケーションができる。グローバル化、グローバル化、と叫ばれているこの時代、海外に出たくても、英語が喋れなくて断念している人も多い。でも、帰国子女はそういう壁をあまり感じない。

じゃあ、せっかく帰国子女は英語が喋れるんだから、その能力を使ってもっと海外に目を向けて活動すべきか?

これには、ぼくは「NO」と答える。

特にぼくは性格的にコミュニケーションが下手な方(内向的)だから、海外に出て、色々な人と出会って、切磋琢磨して、新しいものを作り上げる、という将来像がどうも思い浮かばない。むしろ、一カ所に留まって、特定のコミュニティと蜜にコミュニケーションをする、という方がしっくりくる。

むしろ国内で"海外志向派"をサポートしたい

海外で活動したい!と思っているのになかなか踏み出せない、伝えたいことは山ほどあるのに伝えられない、そんな人がもし溢れているなら、じゃあ、帰国子女がその人達をサポートすればいいじゃん、と個人的に思う。

自分には、その人の"伝えたいこと"を、海外へ発信する能力、もしくはそれをサポートする能力はあるわけで。その人達は国内にたくさんいる、そして自分は国内にとどまりたい、まさにベストマッチングではないか。

そもそも「海外志向」って?

「海外志向」という言葉を聞くと、海外に飛び出してバリバリ働く、というイメージが強いけど、いまはもっと意味の範囲が広がっているのではないかと思う。

国内で外国人と繋がることも「海外志向」だし、日本から海外に向かって情報発信することも「海外志向」と言える。日本にいながらも、「海外志向」でいることは十分に可能。技術の発達で、海外に飛び出さなくても、そこに"意識"を向けるだけでもいいと思う。

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この記事は、同世代ウェブマガジン「ハチナナ・ハチハチ」の記事を、一部編集したものです。 http://8788.blog.jp/archives/21537970.html

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