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箒で空気をはくお兄さん

普段は電車で数駅はなれた大型書店にいくのだけど、電車に乗るのが面倒なとき、歩いてとなり駅の書店にでかける。「まぁ、運動にもなるし」と先日その書店にいってきた。

だいたいのジャンルを満遍なく取り揃えたその中型書店にて、文庫コーナーをうろつく。新潮文庫、角川文庫と目線を動かして探してみたが、お目当ての本はないようだった。また今度、大きな書店にいったときにでも探そう、とエスカレーターで下った。

施設をでて、ゆるやかな下り坂をあるく帰り道、右側には自動車販売店が見えてくる。そこに、グレーのつなぎのユニフォームをきたお兄さんが、箒をもって立っている。見かけたのは、3回目だった。

その箒は、20cmほど前後にゆっくりゆれているが、落ち葉やゴミをはいている様子はない。そこにそんなものはないのに、お兄さんは一定のリズムで動かしている。1回目もそうだったし、2回目も、今回もそうだった。そのお兄さんはいつも、箒で空気をはいている。

そのときの時間は、午後4時くらい。だいたい、これくらいの時間な気がする。「昼過ぎ」というには遅いし、「夕方」というにはちょっと早い時間帯である。

お兄さんの横を通り過ぎようとしているとき、目の前に街路樹の影を見つけた。日差しがいたい。ぼくはそこに避難する。

「それ、なにをはいてるんですか?」
「ゴミ、ないですよね?」
「暇なんですか?」

どう声をかけようか、言葉が脳内に浮かび出す。なかなか挑発的だ。

「おつかれさまです。今日も暑いですね」

こういう一言からはじめるのが無難だろう。その次に、本題だ。

「前から思ってたんですけど、お兄さんそれ、空気はいてません?ゴミないですよ。」

そんな会話をする勇気はない。というか、どうがんばっても挑発的になってしまい、万が一声をかけたとしても「おつかれさまです。暑いですね」で終わる気がする。その先の会話をする勇気が、ぼくにはない。

お兄さんは箒で空気をはいている理由を、どんなふうに答えるのだろうか。「ええ、まあ」とにごすだろうか。もしかしたら、30分という決まった時間に清掃業務をおこなっているだけで、たいしてゴミがないから15分で終わってしまい、その後半戦の光景ということかもしれない。

「いやね、ここから見る夕日が綺麗なんです。この位置がいいんです。それを見るために、清掃という理由を持ち込んで、ただ箒を動かしているだけです。午後4時以降は、あまりやることがないですしね。」

ぼくは「そうだったんですね」と返答して、邪魔しないように立ち去る。「いいですね、それ」と肯定感を加えることを忘れたことに後悔しながら。

妄想を終え、声をかける代わりにスマホを取り出す。メモを打ち込む。

自動車販売店前の掃除お兄さん、いつも空気をほうきではいてる。周りを気にしてる。夕方頃、暗くなる前くらい。

書きごとの芽をみつけたぼくは、日陰から出て、日差しのなかに戻る。「夕食はカレーだな。昨日のが残ってる。」と思考はもう切り替わっている。

そういえば、そのお兄さんはみたところ、40代か50代くらいに見えた。おじさん、スタッフと他の呼び名もあったのに「お兄さん」としたのは、その光景がほほえましく見えたのもあったかのもしれない。

箒は英語でbroomだ。rを伸ばしてlに変えると、bloomになる。その意味は「開花」である。

yeri.meの記事を一部編集して公開しています。


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