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【千葉・我孫子】北の鎌倉と言われた別荘地と、手賀沼沿いの涼やかな遊歩道をウォーキング

悩み事は、散歩して忘れるのが一番。まあちょっと外へ出てみたまえ。ほら、悩みごとなんか、翼が生えて飛んで行ってしまう。

Dale Breckenridge Carnegie

 近場の散歩ということで、先週は我孫子駅近くのJR成田線布佐駅から新木駅までのウォーキングコースをご紹介しました。

 その続き、我孫子駅まで戻り、駅から手賀沼のウォーキングコースについてです。



かつては別荘地だった我孫子、当時の面影を求めて

 都内の学校や会社に通っていると、我孫子に住んでいるという方にたまに遭遇しますよね。なので東京のベッドタウンの一つといったイメージしかなかったんですけど、大正〜昭和初期には文人・実業家の別荘地として注目を集めており、「北の鎌倉」と言われていたんだとか。手賀沼の景観が好まれたということなんだそうです。
 江戸時代は幕府直轄地で水戸街道の宿場があり、利根川水運の要衝として栄えたという歴史もあったりと、我孫子の街を歩いてみると今日のイメージとは少し異なることがわかって面白いもんなんですよね。
 杉村楚人冠庭園、明治から昭和の朝日新聞の看板記者の別荘は庭園のみであれば無料で、趣のある建物、庭の緑は美しい。
 白樺文学館のすぐ近くに志賀直哉邸。他にも武者小路実篤邸跡もあり、我孫子は白樺派の拠点だったというのに少々驚き。

(2024年10月31日まで休館中)


手賀沼沿いの遊歩道、涼やかな風が心地よい

 台地の崖のことを関東では「ハケ」というそうで、我孫子の別荘・屋敷は手賀沼沿いのハケに建っていたよう。ハケ下の平坦な道を東に歩くと、程なく見えてくるのが旧村川別荘、親子2代にわたる西洋古代史の帝大教授の別荘で、木々に囲まれた静かな佇まいでいい雰囲気の建物でした。
 手賀沼沿いに出て、更に東に歩くと、我孫子市手賀沼親水広場・水の館が見えてきます。ここでは道の駅のように野菜や特産品を買えるのと展望台があるのと。手賀沼をよく見渡せて、気分いいものです。
 ここで折り返し、帰路は手賀沼沿いの遊歩道に。沼の横なので気温も低めで歩きやすい道、これも我孫子市民の貴重な財産だということを感じることができるウォーキングでした。


 我孫子駅近くにもお食事処は数多くあったので、次回はこういうところにも寄ってみたい。近いのでいつでも行けるので、また機会をみて歩いてみたいと思っています。

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