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「A」 中村文則著 河出文庫

読み応えのある短編集です。

「A」と、その続編ともいうべき「B」は、勇気ある作品です。書かれたのは、共に2014年。日本の右傾化が国外からも指摘され、ヘイトスピーチが横行しているこの時期に、戦時中中国で行われたであろう虐殺と従軍慰安婦について正面から取り組んでいます。そこには綺麗事は何一つありません。戦争という狂気の中で、人は、正しく狂っていきます。非常に重要な作品だと思います。


「糸杉」や「嘔吐」は、実はだれもが持っている狂気の世界を描いています。狂気の世界と日常は、薄い膜で区切られています。孤独、空虚、不安、絶望が、その薄い膜を通り抜けていきます。


「セールス・マン」、結構好きです。憂鬱を売るセールス・マンは、わらしべ長者よろしく、最初は憂鬱を別のものに交換し、それをまた別のものに交換し、やがて、無機質な知識を手に入れます。・・実は、日常の中でよくある話なのかもしれません。


「蛇」と「信者たち」は、全くの官能小説です。電車の中で読んだ時、隣に女性が座ったので、ちょっとヒヤヒヤしました。


以下は、あとがきでの作者の言葉です。


これから世界は恐らく、どんどん生き難いものになっていくと思う。
でも希望は捨てないように。共に生きましょう。

この本が出版されたのが、2014年。世の中は、著者の予言通りに進んでいるように思います。


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