見出し画像

「みみずくは黄昏に飛び立つ」 川上未映子 村上春樹著 新潮社

聞き手が川上未映子さん、語り手が村上春樹さんです。こりゃぁ、読まなきゃと思って買ったのですが、期待を裏切らず、面白い!

川上未映子さんが、実に丹念に村上作品を読んでいて、一生懸命考えていて、騎士団長の絵まで描いてきてインタビューしているのだけど、肝心の村上春樹さんが、なんと、自分の過去の作品のことをよく覚えていない!


随所で、川上未映子さんが「えっ?本当ですか?」っておどろいています。このやりとりが、なんとも微笑ましいのですが、別の見方をすると、「これじゃ、川上未映子さんがかわいそうじゃないか!」とも思ってしまいます。


でもこれが、村上春樹作品の秘密なのかもしれないです。丹念に人物設定をして、場合によっては相関図まで作ってしまって、ストーリー展開と結論まで考えて・・・つまり、ひとつひとつ布石を打ちながら作品を作っているのではなく、直感的に出てきたイメージ、例えば、「騎士団長殺し」、「みみずく」、「井戸」などの言葉が浮かんだら、それが自然に膨らんで命を持ち、即興演奏的にストーリーが出来上がっていくみたいです。そして即興はHere and Nowなので、出版してしまったらもう振り返らないのです。


だから、予習をしっかりやってきた川上未映子さんの方が、村上作品の内容をよく知っています。村上春樹さんは、当時出版したばかりの「騎士団長殺し」で重要な役割を担う、秋川まりえの名前すら忘れちゃっています。「騎士団長」に言わせれば、村上春樹さんは、「イルカになれる人間」なのでしょう。


印象的な言葉もたくさんありました。

・「学生運動の頃の、言葉が消耗されまったく無駄に終わってしまったことへの怒り P.61」村上春樹・・・これわかるなぁ。あの頃は、左の人たちが言葉を消耗していたけど、その後もずっといろいろな陣営が自己正当化のために言葉を消耗してきましたね。そう言う人たちは、「自分が絶対に正しく、相手が絶対的に悪い」と言う二元論的論理展開になりがちです。そうすれば、自分達の中の「悪」から目をそらすことができるのです。そして、言葉は不毛に消費されてしまいます。そして、それは、右でも左でも起こり得ることなのでしょう。


・「物語を深めるためには、自分の側の「悪」みたいなものに触れないわけにはいかないのです。 P.87」村上春樹・・・吉福さんが、「誰の中にも、ヒトラーはいる」と言っていたのを思い出しました。


・「耳で聞いてわからない言葉は、使うときに慎重にならなきゃいけない。 P.224」川上未映子の文学ワークショップでの村上春樹の言葉・・・いつの時代にも訳の分からない言葉を訳知り顔に主張する輩はおりますね。


・「人の作品に指摘するのと同じくらいに自分の作品のことを冷静に判断できる人っていうのは、わりに少ないんじゃないかなぁ。 P.227」川上未映子・・・己をきちんと俯瞰できる人は少ないですね。それがちゃんとできたら、さあ、悟りの入口だぁ!


・「別に若作りなんかする必要なくて、ものの見方とか考え方が三十代であれば、それでいいじゃないかと思うわけ。 P.312」村上春樹・・・それ、なんとなくわかるなぁ。どうせ身体は老いるけど、心まで老いる必要はないわなぁ。


・「わたしたちは常に観察者ですよね。死に関しては。自分がそれを経験することは、生きている限り絶対にありません。 P.313」川上未映子・・・まったく、その通り。ある種の人たちが、死後の世界を確信をもって言えるのは、なぜなんだろうと思ってしまいます。僕も、未だ死を知らずです。もし、生を完全に知った後でも、死を知ることはないでしょうねって思います。そこが、孔子さんと僕の違いなんだけどね。


てなわけで、村上春樹の創作プロセスが、ちょっとだけ垣間見れる本です。これまで読んだ作家同士の対談の中で、一番楽しかったです。二人とも、自然体なんです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?