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「津波の霊たち 3・11 死と生の物語」 リチャード・ロイド・パリー 著 ハヤカワ文庫NF

東日本大地震と津波による死者は18,000人以上。そのほとんどが津波による被害者です。津波の高さは、最高で40メートルにも達したのだそうです。


この本の中で最もページ数が割かれているのが、大川小学校での悲劇についてです。大川小学校では74人の生徒、10人の教員が津波で亡くなっています。のちに遺族が市と県に対し、その時の真相を究明するために訴訟を起こしますが、唯一生き残った遠藤教員が、精神的にバランスを崩し、証言しなかったため、いったいその時何があったのかは、十分に明らかになったわけではありません。


家族が迎えにきたため助かった小学校6年生の浮津天音ちゃんの証言によれば、遠藤教諭が「山だ! 山だ! 山に逃げろ!(p.172)」と叫び、遠藤教諭の呼びかけに呼応し、今野大輔くんと佐藤雄樹くんの二人が六年生の担任・佐々木孝先生に、「 なんで山に逃げないの? ここにいたら地割れして地面の底に落ちていく。 おれたち、ここにいたら死ぬベや!(p.172)」と言っていたとのことでした。


また、天音ちゃんの母親・浮津美和恵さんも、次のように証言しています。

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ラジオで津波警報を聞くなり、彼女はすぐさま三キロ離れた学校に車を走らせた。学校に着くと、まっすぐ娘の担任の佐々木孝先生のもとに向かった。校庭にいた担任は、自分のクラスの児童たちの横に立っていた。「車のなかで、津波が段々高くなるのを聞いてびっくりして……先生に早く山に逃げてと伝えました」と浮津さんは証言した。彼女は先生の左腕をつかみ、右手で山を指さして言った。「『津波が来るから山に逃げて。六メートルの高さだって』……動揺してしまって、とにかく急いで逃げてと大きな声で言いました。(p.286)

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しかし、生徒と先生たちは、裏山には逃げませんでした。


生き残った人たちの証言によれば、教員たちや地域住民の間で、学校の裏山に避難するかどうかで言い争いがあったようです。

『教頭と釜谷の区長が言い争いをしていた。「山に上がらせてくれ」(と教頭は言ったが)、「ここまで来ることがないから三角地帯へ行こう」と区長は言っていた(p.174)』と言う児童の証言もあります。


裏山に逃げた方が安全だと思っていた教員たちもいたのでしょう。


反対した人たちは、山で転倒したら・・・、迷子が出たら・・・などを心配したのでしょうか?


結局、教頭ら教員たちは、生徒たちを三角地帯に誘導し、津波にのまれてしまいます。


当初「山に上がらせてくれ」と言っていた教頭は、なぜ最終的に区長の意見に従ったのでしょう?

この緊急時なのに、「住民との諍いを起こしたくない」という意識が働き、なるべく反論のない方向に意見集約がなされたのでしょうか?また、まさか、ここまで津波は来ないだろうと言う都合のいいデータを採用しようとする「確証バイアス」が働いたのでしょうか?


もし、僕がその場にいたら・・・と考えると、適正な判断行動ができたかどうかは、自信がありません。まさかここまでは来ないだろうと油断していたときに、急に目の前に津波が迫ってきているという情報が入ったら、気が動転して、教頭先生と同じように、僕も三角地帯に生徒を誘導してしまうかもしれません。だから、僕には先生たちを批判することはできません。


誰かを悪者にするのではなく、その時何が起こったのかという真相は明らかにすべきだったでしょう。


また、この本には、被害者間での微妙なしかし深刻な軋轢についても描かれています。大川小学校に関する訴訟を推進する人と反対する人との論争、大川小学校などの被災建造物を残すべきという人と、忘れたいから撤去すべきだという人との論争、反原発派の人と原発維持ないしは推進派の人たちとの論争などがありました。


大川小学校の裁判は原告側(被災者の意遺族側)が勝利しましたが、真相は明らかにされませんでした。大川小学校は残りましたが、その他の被災建造物の多くは撤去されました。反原発の声は小さくなり、今や原発再稼働の方向へ政府は舵を切っています。

それは調和を乱さないようにするという日本人の気質が反映されたものであるかもしれませんし、臭い物に蓋の心理が働いているのかもしれませんし、背景に利害関係があるのかもしれません。


この本は、イギリスの《ザ・タイムズ》紙のアジア編集長および東京支局長のリチャード・ロイド・パリー氏の6年に及ぶ取材をもとに書かれたものです。外国の人から見た日本は、雑音に惑わされていない分、美しい部分も醜い部分も、より鮮明に見えていたのではないかと思いました。


吉福伸逸さんは、東日本大地震と津波の後で南三陸を訪ねたとき、「新たな遠野物語が必要だ」と言っていましたが、この本は、その一つになるでしょう。


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