-1_27

「地獄はあの世にあるのではありません。この世のどこかにあるというものでもありません。わたしが地獄なのです。いま、ここに、こうして居るわたし、このわたしの中にこそわたしの地獄があり、わたしの地獄はわたしそのものなのです」
 砂の崩れるような声だった、尼は、何里先までも届くと思われた、わたしたちは暮れて逝く平原のどこかに、テントを張った入口の先に居て、灌木から毟った薪を焚いていた。尼は遠くの星のまたたきを眺めるような表情で焚火を見ていた、橙色に輝く顔の中心に蹲った双(ふた)つの魂のような瞳だった。
 わたしたちは、
「あらゆる海岸の砂粒の中からたった一つを探し当てるような僅かな奇跡が、この火を熾しているような気がするんです。時々、気分がすごく落ち込むときがあって、でも大抵理由ははっきりとしなくて、ただ、わたしたちが、わたしたちがわたしたちであることがこの不安の原因なんじゃないかって。そのときはどうしたらいいんだろう、わたしたちがわたしたちであることは、わたしたちにとってとてもつらくて避けられないことなんだって。井戸が井戸に落ちたものを哀れんでさめざめと、時雨みたく泣くみたいにわたしたちは井戸で、井戸に落ちたものでもあるんです」
 火は、不思議なことにその場に留め置かれてくり返し新しい火焔(ほむら)を生んでは放しているのにひとつも同じかたちはつくっていないように見えるのに、わたしたちは変わらずその焚火の火として火がそこに留まりながら薪の上に小さな闇夜を何度も燃やしているのを見ている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?