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 「冬の夜一人の旅人が」と男が書きつけたその瞬間から、数かぎりない雑踏がその上を通り過ぎた。詩人がそこから遥か隔たった東国の島国で「百代の過客」と詠ったのもそうしたことについての洞察、悟りだった。伝説の上で語り継がれてきた――名も埋もれてしまった人々に――出来事と、詩人の直観と教会での説教と、文学者の憂鬱とそうしたひとつづきのくさりのようにしてあなたの元に至ったことも不思議ではないと。わたしはそばに寄る猫をなでさすりながらそう書きつけた、〈百代の過客〉なるほどその中にはもの語らぬ猫の仔だって一匹や二匹、いやもっと混じっていたし、もの言わぬ猫の仔の瞳の方がその歴史はずっと深く古かった。そうした気も及ばないような古層から汲み上げられたようにして猫の仔は涙にうるんだ瞳でわたしを眺めていた。
 やがて冬の風は本格的にこの古い土地に堂々とした腰を据える。そうしてここは幾千年もずっと前から生死が交じり、老いては若がえりして根をめぐらし幹を太くして来た。それは正しくはなはだしいことだった。わたしは毛布を一枚増やす代わりに、着古しのはんてんを一枚、布団の上へとかけた。母親の乳を吸う子のように、猫は布団を揉み吸っている。

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