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 歌を唄っているわたしたちはちょうど曲と詩との間の空白のように蝶がひらひらと上下上下上下回転して全体では風のように滑るように上昇していく雪は粉雪の切れ切れが一陣の風に巻き上げられてくるくると灰白の曇天へ舞い上がるときの空白にいる、その場所から歌って。あなたは、わたしへ。じゃあわたしはあなたへね。ふふって笑う白銀の平野の向うにいるあなたへあなたの唄い方はわたしの唄とは違う歌は山の森の森林の奥のもう何年もひょっとしたら何十年も何百年もけものととりと虫と木と風と土と夜の闇以外は誰も全然知っているような苔むした枯葉と古い木の土で産まれたような黒い黒い岩があった。女が、髪の長い、川のように黒々として川の水のように髪の長い女は、巌の上に片ひざを立てて腰を降ろして、たった今海の底から降って来たみたいにずぶ濡れで生き物が腐って日に曝されて砕けたような匂いを辺りに立ち込めさせた。さあ、と女は、わたしの主、名付け親さん、わたしは唄うよ。あなたも唄えば? 次第に岩が朽木で覆われていくのを〈時間〉と呼ぶならばそれはそうだ。それはわたしたちはない言葉だ。しんしんと落葉が降り積む。ぼろぼろに土になったあたたかい虫の眠るその根の上の上のまた上、灰っぽい白い闇から雪が降る。何もない。
 それを時間と呼ぶならわたしたちでない時間だ。「時を刻むのは時計であってわたしたちでない」とわたしたちは言った。わたしたちの歌が聞こえる場所に時計が回っていたり、光っていたりするからわたしたちの歌が聞こえた。わたしたちはない。わたしたちのないわたしたちの歌がビートのように、明滅のように届くのは都会の空がいつも灰白に曇っていくつものライトを反射してオレンジに陰って路線バスは大きな魚のような銀色をアスファルトに反響させて摩天楼の夥しいガラスは時刻を歪めるので環状線をバラバラに分解した。彼はいた。わたしたちでないわたしたちの歌を聞こえていた耳に挿した小さな電波受信デバイスは内部に複雑な振動を彼へと送る。一定の同じビートで制禦されて、一定の同じリズムがくり返された。延延とデバイスのエネルギーが持続する限り引き伸ばされた彼の時間は同じ波形をくり返してまた同じ波形をくり返して彼へ供給された。夥ただしい種類のリズムが複雑に組み合わされて都市は発展を続けていた。全てのリズムは一定のパターンの永久的な反復なので、複雑さにも関わらず都市の全体と都市のディティールとは相似していた。絶えず新たなリズムを生み埋もれていくので都市はいつまでも建造されることができた。建造は建造されるために建造される中で彼はわたしたちでないわたしたちのかつて言葉でもはや声の無縁な波長をくり返し時刻のように聞こえつづいた。

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