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 一人切りで歌うのでは物足りないと言い泣くには涙が必要なもんだから友だちの二人を誘ってバンドを組んだ夜明けのことだ。バンド名は「夜明け」を意味する英語の〈ドーン〉から取ったとドーンは言った。わたしたちは、とドーンは言った。夜明の太陽の光のような、まだ暗い、けれど明るく、これから光が満ち満ちて(「満ちて、満ちて」とドーンは言ったかもしれない)世界に希望があふれるようにまちがいなくわたしたちや、世界じゅうの若い人たちの心に光を満たしたいとドーンは言った、そのときに曙光が朝靄の滓になっている雑木林に差し込むのがアラベスク、モノクロームのアラベスクみたいに幾つもの幾つもの斜線で木と木と灌木の中を再構成する、朝しか啼かない類の鳥たち、例えば山鳩とか鳴いて。獣――タヌキとかアナグマとか――はねぐらへ帰る。おかえり、そしておやすみ。とドーンは言って朝の樹冠の中で喧しい雀の子たちのように笑った。
 わたしたちは、とドーンは言った。やがて通り雨、ちょっとした霧雨、天気雨、が降って少し気温が下がった。雨のしずくに濡れた木々の葉とか、道端の雑草、道路の黒々としたアスファルトもだ、きらきらときらめく、石英の砂粒を一面に振り撒いたみたいな午前七時のちょうどそれは夏が颱風に持ち去られて、大気の冬支度が始まる、古風な言葉を借りては「冬の足音が聞こえる季節になってきました」って。カーラジオのFM放送からはノイズに切れ切れの言葉が流れる水滴でキラキラした軽ワンボックス車が走る、わずかな水でわずかな轍になった地面には潰れたアマガエルの死骸、淡褐色の小さな内臓と花のような白い骨。「あっ!」とドーンは、わたしたちが小学生のままのような声で虹を見た。「虹だ!」「虹じゃん!」「今日はいい日だ!!」

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