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「たくさんのことを忘れてしまうんだ」
「は? それってすっごく素敵なことだと思うけど」
「今日君が夢に出て来たよ」
「へえ。気持ち悪い。何してたの?」
「今みたいにダボダボの汚れたツナギ来てね、廃工場みたいな所で体格の良い男とやり合ってたよ」
 あなたは中空を眺めて鋭い口笛を吹いた。
「でね」
「勝ったの?」
「でね、男に鉄板で顔面を殴りつけられて」
 再度ヒューっと口笛を吹いた。
「何度も何度もね。顔中血まみれになってそれでも笑ってた」
「サイコー」ようやくわたしの方をみてニヤッと笑った。
「リアルのわたしよりもそいつはタフかもね」
 ベロっと舌を出した。
「違わないよ。同じだと思うよ」わたしは言った。
「『だと思うよ』」再度視線を中空にむけて退屈そうに空気をペロペロと舐めている。
「その素敵な口癖をちょっと止めてみるのは?」
 わたしはうつむいて口元を掌でぬぐった。
「ごめん」
「それもね」言うとほとんど同時にソファからジャンプするとすぐわたしの目の前に猫のようだった。
「ねえ、アンタって何を言いたいの?」
「おれ? 何をって?」わたしは身を沈めていくとほとんど鼻先を付けそうなくらいにあなたは近づいて黄緑の瞳でわたしの目をじっと覗き込んだ。
「何でも忘れるのにわたしの夢は覚えてるの?」
 わたしは黙っていた。翡翠のようなあなたの瞳を見ていたわたしの瞳はきっと絶対にどぎまぎと震えていたけど、あなたの二つは嵌め込まれた宝石のように確信を持ってあなたの中心に座を占めている。「夢って気持ち悪いよ。サイコーに気持ち悪い」
「なんで?」
「どこから来たかわからないもの」
 急にあなたは視線を外してどこかわからない中空を見る。
「UFOの方がまだマシ。どう思う?」
「面白いね」
「そう?」
 どこかの何かを観察しているあなたは段々と寄り目になっていった。わたしはくしゃみをした。あなたは掌を組んで長い時間(たぶん二十秒とか、それくらい)伸びをすると脱力してわたしの身体を覆った。
「ねむい」
「寝てもいいよ」
「ねえ、わたしは夢を見る?」黄緑の光をひらめかせて目を閉じていた。ゆっくりと一定の間隔で息を吐き、またゆっくりと吸い込まれていく度、わたしの胸の上で隆起した漣が寄せてまた戻ってをくり返した。
「さあねえ」
 あなたの瞼が少し震えている。

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