-1_3

 身も千々に砕けるような豪雨の後、再び静寂が訪れた。
 水に浸かった外灯は火花を散らし、濁った水上でゆらゆらと青白い炎を上げ始めた。家々の屋根は湖上に転々と島のように浮かんでいた。
 女はその一つの上に立って凍結したみたいな星空を眺めていた。上空に夜を迎えて初めてこの時その光の群れを見出したとき、膨大な時間が過ぎてしまったことを女は知った。途方もない処に来てしまった。と言った。女しかその声は聞いていなかった声は、かつてここでない場所で今の女が発した言葉へ答えていたことを女は今知らない。漣が遠方の火の明滅を受けてチャラチャラとひらめくように。耳鳴りがしたのは風が出てきていた。女の体は温かかった。口から白く呼気が上がるのを女は気づいていない息は今かつての女が吐いた呼気と同じだっただろうか? 誰も知っているものは存在しなかった。誰も居なかった。ただ光が届くまでに、途方もない距離が過ぎただけだった。漣はくり返されているのではなかった。全く違う波が、全く違う理由によって、その都度新たに生まれていた。もはやどの電灯も明滅していない。全ての屋根は沈んでしまった。ただ見上げていた彼女のまなざしだけが途方もない距離へ向けて、あらゆる方向へ飛散しつつ上昇していた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?