見出し画像

アフリカ起業記

最近、コロナの影響で自粛ムードですが、前向きな内容で
古巣、社会起業大学で一緒だった高須さんのアフリカ起業記〜天地の旅 Feel Foreign Tour

画像1

日時:3/29(日)11:00〜14:00
場所:アフリカンレストラン カラバッシュ
(浜松町駅徒歩1分、大門駅徒歩4分)
定員:30名
参加費:3500円(アフリカンランチプレート&ワンドリンク)

⭐️申込はコチラ⭐️

むかしから、アフリカで事業をしたいというのを仰っていて、ただなかなかスタートする時期が決まらずではありましたが、実際スタートしていくと何だかんだと出来てしまうんだなと。

ただ、当時からこの人であれば!という感じで
何か応援したくなる。そんな雰囲気を持っている方で
今今になって思うのは、当時5.6年前はグラミン銀行のユヌスさんなどがすごい取り上げられていて
他にも介護、障碍者雇用、福祉の各分野で社会的な活動をしたいという方が多かった印象ですが

実際に、その後を見ていると
やはり、長続きするモデルが必要なんだなと改めて実感するところで
どんないい活動をしているとみられてても、毎回毎回、人を集めて進めていくモデルって相当大変だなぁと思っていて
地道に収益を確保し続ける(見えない部分ですが、そこを固める大切さを授業の中では何度も言われ)
高須さんの事業も、そんな感じでぜひ長続きするモデルでベナンの地で発展し続けて欲しいなと思うところです。

授業以外にもいろいろご一緒させて頂き
石巻ボランティア、会社訪問、卒業旅行in初島と

画像2

こちら、いい会社の活動でご縁を頂いた菓匠SHIMIZUさん訪問

画像3

画像4

画像5

画像6

画像7

画像8

画像9

画像10

画像11

当時清水社長の講演で心に響いたのが、自分の事としてとらえる心でした。

過去に、近くの地域でとある家庭内での障害事件が起きてしまった。通常であれば警察が対処する、家庭内の問題として捉える所を翌日の朝礼にて「この事件はわれわれの責任だ」

「もしその日、その家にうちのケーキがあったなら、傷害事件は発生しなかったはずだ」

その事件をきっかけに始められたのが「夢ケーキ」

単なるお菓子であったとしてもお菓子がつなぐ人の縁、お菓子がつなぐ夢とお菓子のチカラを信じて、多くの子供と家族に夢を与えて幸せになって欲しいという願いではじめられたとの事です。

夢だけではなく不安や悩みでもいい。心が近づくのであれば。

そんな素敵な活動をされていらっしゃいます。

夢ケーキができるまでの経緯についても
「家族で夢を語る時間がない」それが今の自分に必要だったのではないかと思うなかで少しでも他の人にケーキを通じて夢を語るきっかけを創る事が出来ればいいのではないか。
「菓子屋が変われば世界が変わる」という話の中で夢ケーキの応募用紙に子供が夢を描く際に父親、母親にも夢を書いてもらい大人にも夢を語る機会、身の回りから幸せ笑顔を届けていく事の大切さを教えて頂きました。

ケーキ作りも
食べ物は特に人間性が出る
⇒だから誰がやるかの人間性が問われるという誰がやるか、そこにどんな想いでケーキを作るかが専門店に問われている事もおっしゃっている中でケーキの味に込められている想いの強さを感じる事が出来ました。

また、清水社長の祖母から教えていただいた「徳の話」
一番感謝するのはご先祖様で、3代先の人たちが培ってきたのが自分に降りかかってくるという事で現在の自分があるのはご先祖様のおかげというのが夢ケーキの原点であるという事。自分の為に頑張るのではなく周りの方への感謝を忘れない。その教えがなぜ家業を継ぐに至ったかの「両親を助けなければ」という想いにつながったのかと思います。清水社長のまず社員の働く喜びを重視する、社員一人一人を感動させる(さらにその家族も含めて)というのが働く人たちが菓匠shimizuで働く事のやりがい、人を大切にする事ができるのではないかと思います。

毎日社員とは全員とアイコンタクトと握手をするところから始める意識の持ち方など

また、おなじく長野で有名な伊那食品さんにも訪問させていただき

画像12

画像13

画像14

画像15

画像16

塚越会長はないない尽くしから始めたとのことです。材木屋から21歳で派遣されて、寒天のことは何も知らなかったそうです。そこで擦り切れるほど高校の科学の教科書を学んだそうです。 しかも「寒天」という時代の移り変わりとともに消費量が10分の一にもなったものを取り扱っている業界の話です。しかし、寒天が売れなくなったのは時代の変化ととらえ、研究開発で生き延びてこられました。値段も用途もそのままでは市場は限られる。技術革新で新しいタイプの寒天、新しい寒天の使用法を見出してこられました。世界情勢を先読み、新しい素材を世界中に求められました。 「よそがダメになったのは変わっていくことに対応できなかったから」とおっしゃられます。「開発」と「人材」の二つが合わさったこそ、今までの時代を乗り切って、毎年着実に利益を積み重ねることができたのでしょう。大手スーパーなどとの付き合いをあえて求めず、自分の分にあった「年輪経営」を続けてこられました。そうして「目に見えないもの」の究極である「ブランド」を育ててこられました。

社員の為に
上場しない
健康の為(3交代はしない)
海外赴任をさせない

というのがいかに会社の利益よりも社員を重視した経営をされているか、さらに塚越会長が新入社員に対して必ず講義するのが人間教育という事で「立派な社会人になりなさい」という事で人に対する想いの強さと実践されている素晴らしさを感じる事が出来ました。 今回、秘書広報室取締役室長丸山勝治さんから社是は分かりやすいのがいいという。徹底するのが難しい。それにはトップが直接働きかけることが重要で、朝礼(4箇所)必ず役員が出て説明する。月例会では会長(塚越寛さん)が説明する。月例会は直接注意しやすい。「茹で蛙現象」が見受けられようになった。トップが話すことが良いこと。メールとかではダメで緊張感が違う生の良さだと。社員全員が集まれる場所を作る。そのために「かんてんぱぱホール」を作ったという。またトップになるものは知識や経験や人徳は重要だが一番は熱心さだとのこと。