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最近眼鏡をかけ始めた話

つい先月、久方ぶりにバイクに乗る機会があり、その際にこれまた久しぶりに眼鏡をかけたのですが、その折から何となく眼鏡を愛用するようになりました。

私もついぞ40を過ぎ、乱視なのか老眼なのか、カスミ目のような目の症状に見舞われることが多くなり、いよいよ眼科に相談に行かねばなと腰を重くし今もまさに黒縁の眼鏡をかけこのような文章を書き始めているところです。

体の老いと変化を感じるとともに、ふっと幼少期のことを思い出したので、今日はそのことを書こうと思う。

あれはたしか、今日のような冬になる頃合いで、ただ当時は今のように寒暖の差がはっきりしない曖昧な秋の終わりのころでした。

スサノオにゲンコツされたあの秋とも冬とも言い切れない日の話。

ひと〇ろしおじさん

私が幼少期に遊んでもらっていたおじさんは人知れずひとを殺めていた。
後でその事が世に知れたわけだから、人知れずとは言えないのかもしれないが。ともあれ今日はおじさんのはなしをしたい気分なのだ。

私の幼少期の境遇は母子家庭だった。
母は私生児だった私をたった一人で育ててくれました。

親元遠く離れ、誰にも頼れない中でのはじめての子育て、大変な苦労だったでしょう。思い返せば母との面白くもハチャメチャな幼少期こそ幸せなひと時でありました。

僕はこのまま母を守って生きてゆくぞ。そう思った矢先でした、現在の父が突然やってきて、後に生まれた弟と妹とをその大きくて頼もしい背で守ってくれたのです。

不思議ですよね、母一人子一人で慎ましく生きていければいいと思った瞬間に、より大きな豊かさと愛に包まれたのですから。

今日話したいのは、まさにそうなる前の私が物心付いて少しした頃の出来事でありました。

当時、私が母とふたりで暮らしていた借家のすぐ近くに公園があり、その公園で幼馴染たちと日が暮れるまで毎日のように遊んでいました。

その公園の近くにはスサノヲという神様を祀る神社があり、その日は公園から少し離れた神社の一角で友達とかくれんぼをして遊んでいました。

私は当時大変身軽で、お宮の横の木に登りそこからあろうことか塀に飛び移り、塀の中へと飛び降りてお宮の下へ隠れてしまったのです。

絶対に見つかるはずもないお宮の内部、案の定私は最後まで見つかることなく、見当たらない私の姿を求め友達たちは公園のほうへと走って探しに行ってしまったのです。

遠のく皆の声に焦った私は、慌ててお宮の下から飛び出そうとする際に思いきり頭を梁にぶつけ、しばらくその場でうずくまっているうちに皆は声の届かぬほどの遠くへと行ってしまったのです。

頭にできた大きなタンコブをさすりながら、罰が当たったのだと思い至り、神社の神様へ謝りながら急ぎ皆のもとに向かいました。しかしその道中、昔はよく見かけた誰も住んでいない空き家の廃屋の横を走り抜けようとした時でした。

鼻をつく異臭に足を止めそちらを見やると、廃屋から白い煙が薄く立ち上っているのが見えた気がしたのです。

皆のもとに急ぎたいという思いは、目の前に現れた新たな奇妙な関心ごとに塗り替えられ、つい廃屋へ足を向ける衝動へと駆り立てられたのでした。

町内にいくつかある廃屋のひとつであるその空き家の正面の扉は固く閉ざされ出入りできないことをこれまで遊んだことのある経験から知っていた私は、狭い家屋の横の通路から裏手に回り、裏手の窓を見るとそこからうっすらと白い煙が出ていたのです。

私は何も考えず、躊躇せず身軽に体を翻し窓に飛びついてフワリと中を見ると、そこにはひとりのおじさんが背を向けて立っているのが見えました。

私は声も上げず、勢いそのままに窓から中へと飛び降りると、その音に気付いたおじさんがこちらを振り向き、突然現れた私の顔を驚くでもなくぼんやり見つめました。

私を見るおじさんの目は黒目の部分が異様に大きく実に奇妙でしたが、おじさんと面識のあった私は特に驚きもせず、むしろおじさんがそこでいま何をしているかという関心のほうが大きかったのです。

おじさんとは、幾度となく野球やサッカーを公園や近くの野原で遊んだことがあり、当時の私はおじさんに対してとりたててどうという感覚も持ち合わせているわけでなく、その他大勢の大人と印象は同じでした。

今にして思えば、きっとホームレス的な人だったのだろうと思います。当時の記憶を思い返すに、光のない黒い眼だけが思い出され、おじさんの面影は何一つ印象として思い起こされません。

そのおじさんは、急に現れた私に驚くでもなく、こちらが何か声をかけるよりも早く、「ここは危ないから来ちゃだめだよ」と、そう表情も変えず言ったのでした。

奥の部屋から流れてくる白い煙が気になりましたが、おじさんの特に取り付く島のない様子に促され、その場を離れたのでした。

窓の外に出る際、チラリと部屋の中のおじさんにもう一度視線を向けるも、その時にはすでにこちらには興味を失ったかのようにその背だけが見えたのでした。

外に出た私は、友達のもとに合流するために、振り返りもせず空き家を後にすると、すぐに私を心配して探していた友達と落ち合い、すぐにおじさんのことを忘れてしまったのです。

後日、その空き家は全焼し身元不明の亡骸が見つかり、その件でおじさんが逮捕されたという噂が町内に流れました。

それからおじさんは私たちの前に現れることもなく、廃屋はすぐに取り壊され空き地となり、事実はどうであったかなどわからずじまいでした。

それからどれほどの月日が流れたでしょう、件のスサノヲを祀る神社でひとりで遊んでいた際、ふいにおじさんと神社の横の広場でキャッチボールをしたことを思い出したのです。

と同時に、あの日廃屋でのおじさんの抑揚のない声、光のない黒い瞳を思い出し、こう思ったのです。

『おじさんは、ボクを殺そうとしていたのだろうか?』
『ではなぜそうしなかったのだろう?』

その時でした、私の頭にハトの糞が直撃したのです。

のちに知りました、スサノヲという御祭神のことを。

力強く、ときに恐ろしい神様であることを。

それからは、二度とバチあたりなことをせぬようにと心にとどめ今日まで生きてきたつもりです。

この季節になると思い出す、父のいない私に神様がゲンコツをくださったあの日のことを………。

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なすの
いつも本当にありがとう。 これからも書くね。