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持続可能な社会への回帰2024

循環してこその社会、でも信じられないでしょう。
何か有事になった際、隣近所と助け合える集落が今の日本にどれくらいあるでしょう。

今すでに貯蓄のある人々は、何か有事の際、奪われるのではないかと恐れおののく。お年寄りや女性と子供の世帯は、果たして安心できるだろうか。

もちろん何事も起こってからのことです。
わが国では、有事の際、必ず助け合いの精神にスポットが当たり、国内外で美談として取り上げられます。

ですが、その規模が国全体に及ぶ未曽有のものの場合でも、果たしてそうでしょうか?

あるいは、日本列島に古くから住んでいる我々だけでなく、今後は移民がどんどん増えやがては、土着の日本列島人のほうが少数となるでしょう。

そのタイミングで有事が起きたとしたら?

私が思うくらいです、きっとたくさんの人たちが内心不安に思っていることでしょう。いたずらに恐怖を煽りたくないので、多くの人がいま口を噤んでいると思います。

溜まった膿は、いずれ出さねばならぬ定め。
地球が生き物である以上、循環せねばならないのです。
今までこの星が経験のないほどに膨れ上がった穢れ。

その穢れを少しずつ少しずつ、気長に根気強く、何代にも渡り、慣習や仕来りとして継承し、一人一人の心がけによって、小さく小さく治めていく必要が求められている。

ここ2000年、我々はあえてその風習を怠り、膿を貯め続けてまいりました。ひっくり返すためには、一度大きく反対に揺らさねばなりません。

お神輿をひっくり返す神事などが国内各地にあろうかと思います。荒々しくもちゃんと意味のあることなのです。

そのためのこれまでの愚かな所業の数々、ご先祖様はこれを意図的に子孫を信じ行いました。とはいえ、もうそろそろ限界ではないかと不安になるのもごもっともです。

であるならば、いつ事が起こってもいいように、少しずつ準備しましょう。その時になって、慌ててスーパーに走らずともいいように。貯め込まずともいいように、そして今からでも地域の活動に目を向けてみましょう。

わかっている人はいつの時代にもいてくださります、その人々は、誰からも相手にされないのにもかかわらず、ずっとその仕来りや風習を絶やすことなく今に繋いでくださっています。

今更遅いとか思わず、その方たちのもとへ馳せ参じましょう。
自分たちのためではなく、未来の子供たちのために。

どんなに貯めたところで、一度の有事ですべて水の泡。そうなるくらいなら、どのようなことでもいいので好きに使いましょう。

正しく使う必要などありません、好きなものを食べたり、好きな場所に行ったり、孫のためにどんどん使いましょう。まずは自分のために使い、それでもなお余裕があるなら周りのために使いましょう。

新紙幣発行のこのタイミング、ちょうどいい機会ではありませんか。

正しく恐れ備えを怠らない

社会の穢れと共に改心する人たち

いまの権力者や有名人は、その役割を演じてくれているだけ。
その人たちと自分とは、あるいみ無関係。むしろ自分たちが、彼らを必要としなくなったとき、彼らは舞台を降りるのです。

彼らだって本当は、今の欲に塗れた生き方や在り方を変えたいと思っているのかもしれません。また彼らに憧れ、羨望の渦中で生きがいとし日々活力を得ている人なども、やがてあることに気付くのです。

本当の自分の姿を思い描き、自分らしく生きる必要性を悟る。子供たちが、絵本やオモチャからたくさんのことを学ぶように、大人である彼らもまた学びの途中であるということ。

もとより人間の人生とは奥深いものであり、また個々の多種多様な性質には違いがあるのだということ。

これは優劣の話ではなく、ただの違いの話。老若男女、人種、貧富、分け隔てなく奥深いものであるということ。尚且つ、心は目に見えず、本当に大切なことは目に見えないのです。

つまるところ、いま厭らしく見える富裕層の人たちも、目に見える豊かさを経ることにより、心の成長や、人格が磨かれるのを体験しているだけ。

貧しさから心の成長を経るか、筋道は違えども至る先は同様なのです。目立つ彼らの所業に、いちいち反応しても仕方がない。

自転車のペダルが左右にチグハグについていて、交互に踏まねば前に進まぬように。あらゆる物事は実は相互に関係しあっていて、全部必要不可欠なのです。

でもしかし、そうとは知らない人たちが、わからぬままに生きている。
国を営む人たちですら、この世界のことをわからぬままに生きている。
わからぬからこそ生き、わからないことを体験するともいえる。

そもそも、この世界が何のために存在しているのかを、わからない時点で何をどうしようが虚構。それならば、何もわからなくても好きに発言していいし、好きなことをしていいということだ。

結局は、今を精一杯生きようとなるから。

いつも本当にありがとう。 これからも書くね。