ただ感謝を伝えたくて
人生も半ばに差し掛かかり、自分が生まれてきた意味なんかも色々わかってきて、自分の中からあふれる思いを全部お返ししたいとそう願う。
誰かのお役に立ちたいと思うのは、自分が誰かに助けられたことがあるから。ですから、恥ずかしがらず、助けを必要としている人たちに手を差し伸べましょう。
その行為は、けして立派である必要もなく、ごく自然にそうなれますように。そのためにも、まずは周りからの好意を素直に受け取り、自らの糧としましょう。
周りの人々からの支えも豊かさの一環、であればあなたに対する思いやりも尊重してあげて。
周りを思う自分自身の気持ちをキレイ事だと決めつけ、目を背けるのは簡単で楽な逃げ口上。
一見すると、弱い人々のための行動も、やがては巡り巡って万人に影響を与え得る。相手が誰であろうと自分の心のままに振る舞うことが重要。
たとえそれが自己中心的な妄想や自己満足の一時的な欲求、退屈を埋める手段だとしても。
初めは、誰もが「いつか他人に理解してもらえる」「自分の存在を理解してもらえる」「許してもらえる」と思うもの。
いつかそう気づいて、自分らしい道を歩き始めるものだと、そのような妄想の中で生きています。それはつまり、心が空虚であり、怒りや逃避を選択し、そしてまた負の連鎖を生み出している。
そんな無益で空虚な人生に翻弄され、知らず知らず年齢を重ねる。
では、健全で有益な人生とは、一体どのようなものでしょう。
言うまでもなく、自分自身に誠実に真摯に生きることです。
この世界で変えることができるのは、自分自身だけであり、自分が心改めることで、見える世界が変わってきます。
優しい人ほど、損をしているように見えるのは、周囲の人々が赦しを求めてやってくるから。
周りはいつも同じことを言う。
「この世では、目に見える豊かさが全てで、正解が正義であり、失敗や間違いを犯した者は負け犬だ」と。
まるで、自分に真摯で誠実に生きる人々を見下したように、自分らしさは愚かさであると決めつけるのです。
そんな周りの態度に惑わされる必要はない。
自身に起こるすべてのことを許せるかどうかが問われているのです。
自分の周りで起こる出来事は、全て自分自身が引き寄せる。であれば、どちらが愚かなのかなんて言うまでもありません。
そもそもどちらが正しいかなんてどうでもいいから。
損得の得よりも、道徳の徳を大切に、自分らしく豊かさを育んでいきましょう。
◆著者紹介
いつも本当にありがとう。 これからも書くね。