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『容疑者、ホアキン・フェニックス』レビュー

ーホアキン・フェニックスのフィルモグラフィーの中では、異質な作品ですね?

異質というより、おふざけ系の珍品といったほうがいいでしょう。この作品は2010年製作ですからホアキンが36歳時です。キャリア的にもいよいよこれから、という時です。

彼のフィルモグラフィーの時系列でみると、本作が製作されたのはオスカーで初の主演候補になった『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』から5年後。

また、本作の直前に出たのが、何度もコンビを組んできたジェームズ・グレイ監督の『トゥー・ラバーズ』。グウィネス・パルトロウと恋に落ちる役ですが、精神疾患を抱え、何度も自殺未遂をした過去のある男、という難しい役を見事に演じています。

そしてなんといっても、本作の直後に出たのが『ザ・マスター』。鬼才中の鬼才、PTAことポール・トーマス・アンダーソン監督の意欲作。元軍人のアル中男が、ふとしたことから新興思想団体のカリスマ教祖と出会って、愛憎入り混じった絆で結ばれていく・・・という、説明するのも難しい作品に出ています。内容の難しさは賛否ありますが、ホアキンの狂ったような演技と、反対に孤独な男が見せる絶妙な繊細さとが絶賛されました。

この作品は、ヴェネツィアで男優賞をフィリップ・シーモア・ホフマンと共同受賞していますが、残念ながらオスカーではノミネート止まりでした。もし『容疑者ー』で変なブランクを作ってなかったら、というか世間を敵に回してなかったら、私はこの作品でオスカーを獲っていたと思います。

ですので、何でこんな素晴らしい作品たちの間に、こんなおふざけをしてしまったのか、全く意味不明です(笑)。

ー『ザ・マスター』での本格復帰と凄みのある演技は、『容疑者ー』でかなり嫌われ者になっていただけに、ある種映画界が騒然となりました。

まったくその通りです。私は、ホアキンの変貌ぶり、というか、役者としての節目として「容疑者前」「容疑者後」という言い方をしているのですが、まさに「容疑者後」からの出演作は、一作一作が本当に素晴らしい完成度を示しています。

もう少し正確に言うと、「容疑者前」の出演作で貯めこんでいた経験値やら演技の幅が、「容疑者後」から一気に熟成されていったような感じです。それにはホアキン本人が30代から40代へと突入していく、単純な年齢的変化というのもありますが、私は、「容疑者前」に貯めこみすぎたあらゆるものを一度立ち止まって消化する期間として、本作の「お遊び時間」が必要だったのではないか、と考えています。

ー確かに本作以降、役どころが一作一作難しくなっているように感じます。

もう、『ザ・マスター』にしろ『her/世界でひとつの彼女』にしろ『インヒアレント・ヴァイス』『ビューティフル・デイ』『ゴールデン・リバー』と、一つとしてまともな役がない(笑)。凄いキャリアの積み重ねです。我々見る側にも、あらゆる知力を駆使した「映画力」が試されるような作品ばかりです。

ーそういうキャリアの流れが『ジョーカー』に行き着いたと?

そうですね。やはり『ジョーカー』から逆算して過去作を見返してみると、すべての過去の役柄がジョーカー、というかアーサー・フレックへとつながっているような気がします。詳述すると切りがないので割愛しますが、『ジョーカー』を見て、「あ、アーサーのこの一面は、過去のあの映画の役どころと似てるな」などと感じながら、ホアキンの過去作を見返してみると面白いかもしれません。

私が本作を見たのは『ジョーカー』より後でしたが、ホアキンが本作でデヴィッド・レターマン・ショーに出るシーンは、やはりジョーカーを見た後では笑いが止まりませんでした。



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