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どの教科にも必要な「論理」を鍛えるケンブリッジ式IGSCEの授業【307】

 私は現在オンラインサポートの一環で、ケンブリッジ式のカリキュラムIGCSEで学ぶ中学生の学習サポートをしています。日本語が第一言語の子に対して、学校で英語で学んでいる内容に関する理解の手助けと日本語力を維持するためのお手伝いです。

 私の役割は、生徒たちが学校で学んできた内容について、理解ができなかったところや単元として理解しておくべきこと、そしてテスト対策などのサポートをしています。
 もちろん生徒たちの自己実現のためのお手伝いが何よりのミッションなのですが、日本のカリキュラムで学んできた私にとっても、他のカリキュラムを知ることができるので、とてもありがたい機会だと思っています。今日はIGCSEのカリキュラムで魅力的だと感じたことについて記録しておこうと思います。

教科を超えて必要になる「論理的思考力」

 読み書き、計算、自然科学、社会科学、あらゆる教科において必要になる力は「基礎力」「思考力」「実践力」などと言われていますが、その中でも特に重要だと感じるのは基礎力と思考力にまたがる「論理的思考力(ロジカルシンキング)」だと思っています。
 この論理的な思考力というのは、「物事を体系的に整理、矛盾や飛躍のない筋道を立てる思考法(グロービスキャリアノートより)です。書かれている文章や相手の話の内容を正確に理解し、正しく提起された問題を把握し、問題解決に協同して取り組むのに不可欠なスキルであることには間違いありません。

 そもそも、誤解をしたまま物事を進めていくと途中で上手く進まなかったり、他者とトラブルに繋がりかねません。そのために、情報を正確に読み取る力はいろんな教科を通じて重要なスキルになります。
 また、与えられた情報が不足していたり、一人では理解が難しいと判断した時に、自分のわからないところや聞きたいことをきちんと伝えられる力も同時に必要になります。すべての根幹は、論理的思考力にあると考えられます。

 そういった力はどのようにして身につけるのか、日常生活の中でそういった事が求められるような場面があれば問題ありません。しかし、驚くことにIGSCEのカリキュラムで学んでいる子たちは、こういったスキルを授業の中で学んでいます。今回は社会系の授業の中で扱っていたので、どちらかというと「因果関係」に着目するタイプの実践でしたが、そういった学びの時間を取ることも重要だと思いました。

 それでは、今回どのような内容が授業で行われたのかを記録していきたいと思います。

「因果関係」についての理解を深める

"Analyze causes & recognize effect"(原因を分析し、効果を認識する)

 日本語で書くと少し硬い表現になりますが、歴史を教えてきた立場としてはこの考え方はとても大切です。そして、その因果関係を短期間のもの(short-term)として捉えるのか、長期的なもの(long-term)として捉えるのかで、物事の見方は大きく変わってくるのです。

「短期」と「長期」それぞれにおける「原因」と「効果(結果)」の例

 バスケットボールプレイヤーがプレーのミスをした時、ファンが中指を立ててそのプレイヤーを罵倒したとします。短期的な原因と結果で考えると、1回のファンの罵倒に対し、プレイヤーが気分を害するという事象が考えられます。その一方で、複数に及ぶファンからの罵倒が続くと、プレイヤーはもうこれ以上プレイを続けたくなくなります。これが短期と長期の原因と効果の違いです。

 さらに、この構造を歴史の流れで考えてみようと思います。例えば、ドイツで起こった宗教改革では、短期的な時間の経過では、サン・ピエトロ大聖堂を修復するために、ローマ教皇のレオ10世が贖宥状の販売を始めたことと考える事ができます。しかし、長期的な原因で考えてみると、聖職者が規律を破ったり、聖職者としての立場をお金で売り渡すなど、カトリック教会組織の腐敗であったと考えることもできますし、そもそもドイツではラテン語で書かれた聖書が読めない人が多かったことなどの要因として考えられます。

 このように、原因とその効果、そしてそれが長期的なものなのか短期的なものなのか、を考えることで因果関係を捉える力が高まるのです。

練習問題「封建制度が日本で成立する」

 ここでは、日本の平安時代に領主が多くの土地と権力を獲得したことが書かれている、152語10個の文章がありました。そこで、接続詞に注目しながら原因と結果について分析していきます。短期的な結果が原因となり、さらなる結果を生み出すこともここで示されています。

 書かれていた内容を簡単に説明すると、

 「平安時代は藤原氏が実権を握っていたのですが、彼らは統治よりも宮廷生活における贅沢や芸術的追求に大きな関心を持っていたことが部分的な原因となり、藤原氏の権力は失墜していきます。さらに、中央政府の統制が弱かったために、地方では危険な地域が増え、大地主たちは自分たちで身を守る必要があったのです。そこで、そういった危険から身を守るため、農民や小規模の地主は、自分たちを守ってもらうのと引き換えに土地を差し出すことになります。これによって領主は広大な土地と多くの権力を獲得する事ができたのです。これが、封建制度の始まりを示しています。」

といったような内容でした。

 この文章から、原因と効果を見抜いて短期的なものか長期的なものかを考えていきます。
 最初のヒントとして、英語で、原因を示す「なぜなら、〜によって、それによって」や、効果・結果を示す「〜という結果につながり、結果として、結果的に」という言葉を探す指示が出ていました。

歴史における「因果関係」の分析

 歴史における因果関係を特定する時は、いくつかの種類に分類する事ができます。それは、以下に示している「政治」「社会」「経済」のカテゴリーを使って分類します。
 ただし、ここからは確認できていないのですが、このカテゴリーの分類は「必ずこれ!」というものはなく、こういった要素もあればこういった要素もあるという考えが重要です。あまり1つの正解にこだわってしまうと、本質的な理解や現実世界の複雑さが見えなくなってしまいます。

 ここでは、それぞれのカテゴリーで中心に考えるべき要素を掲載しておきます。

政治的なもの

 「政治の構造や機能、権力や政治参加、外交や戦争、法律や公共政策」

社会的なもの

 「人種や民族性、文化や宗教、家族やジェンダー、教育や訓練」

経済的なもの

 「経済の構造やシステム、生産と消費、貿易と商業、ビジネスと産業」

歴史のシナリオを「因果関係」で捉えよう

 ここでは歴史に関するシナリオを読んで、因果関係とタームを分類していきます。授業ではどのような解説があったかまでは分からないのですが、生徒とディスカッションした内容をそのまま記録しておきます。

シナリオ① 香港市民のデモ

 2019年に香港市民は、彼らを中国本土による裁判への引き渡しを可能にする逃亡犯条例案に抗議しました。抗議活動は警察との暴力的な衝突にエスカレートし、デモ参加者は民主主義と自治の拡大を要求しました。

 まずは、文章全体の展開から見てみたいと思います。これは長期のつながりになると判断して良いのではないでしょうか。
原因:中国本土からの逃亡犯条例案の抗議(政治)
効果:香港のデモ参加者が民主主義と自治の拡大を要求(政治)

 短い期間で考えると、「中国本土からの逃亡犯条例案の抗議(政治)」→「抗議活動がエスカレートし警察と暴力的な衝突に発展(社会)」→「デモ参加者が民主主義と自治の拡大を要求(政治)」になります。

シナリオ② ブラジルでの抗議活動

 2013年にブラジルで、汚職、不平等、2014年ワールドカップ開催のための高額な費用の問題についての抗議活動が起こりました。当初は平和的に行われたが、後に警察とデモ参加者が衝突するなど暴力的になった。

 シナリオ②については、短期のつながりではないかという考えも出されましたが、当初平和だった交渉が暴力的な衝突になってしまったという記述になっていたので、長期のつながりにしようということになりました。

原因:汚職・不平等・W杯開催のための多額の出費に対する抗議活動
   (社会・政治?)
結果:警察とデモ参加者が暴力的な衝突をした(社会)

 短い期間で考えると、「汚職・不平等・W杯開催のための多額の出費に対する抗議活動(社会・政治?)」→「当初平和的に交渉が行われていた(社会)」→「警察とデモ参加者が暴力的な衝突をおこした(社会)」になります。

シナリオ③ リーマン・ショックによる世界金融危機

 2008年に、アメリカの大手投資銀行であるリーマン・ブラザーズの破綻から世界的な金融危機が始まりました。この危機は、住宅バブル、サブプライム住宅ローン、危険な金融政策の結果とされています。

 こちらは、短期のつながりと考えました。
原因:住宅バブル、サブプライム住宅ローン、危険な金融政策(経済)
結果:リーマン・ブラザーズの破綻によって世界的な金融危機が始まった
   (経済)

 この分野の説明は、高校生の政治・経済においても難しいところですが、論理の繋がりだけで考えると、危ない金融政策が世界的な金融危機をもたらしたと言えます。金融や投資などは難しいテーマの話ですよね。

シナリオ④ 1960年代アメリカの公民権運動

 1960年代のアメリカでは、アフリカ系アメリカ人が自分たちの権利と平等を求めて闘い、公民権運動が勢いを増していました。この運動の重要な出来事の1つは、モンゴメリーのバスボイコットで、この運動は1年以上続き、人種差別の問題に全国的な注目を集めました。アラバマ州モンゴメリーのバスで白人に座席を譲ることを拒否したローザ・パークスの逮捕は、モンゴメリーのバスボイコットを促進させたのです。

 こちらは、長期のつながりだと考えられます。
原因:白人に座席を譲ることを拒否したローザ・パークスの逮捕(社会)
結果:アフリカ系アメリカ人の公民権運動が勢いを増していました(政治)

 短い期間で考えると、「白人に座席を譲ることを拒否したローザ・パークスの逮捕(社会)」→「モンゴメリーのバスボイコットで、この運動は1年以上続き人種差別の問題に全国的な注目を集めました(社会)」→「アフリカ系アメリカ人の公民権運動が勢いを増していました(政治)」になります。

 このようにして、歴史の出来事を論理的な思考力でつないでいくことで、単純な繋がりではなく因果関係で事象を深く捉えることができます。そういった学びが深まることで、生徒たちの探究する力も身についていきます。

学び方を学べるカリキュラム

 知識ではなく生徒の「学習する力」そのものに注目したアプローチにはとても魅力を感じます。
 やはり、学び方を学ぶという考えのカリキュラムがあることで、生徒たちの学習がより深まっていき、21世紀に求められる自立的な学びのスキルにつながっていくことが期待できます。

 このように、日本のカリキュラムではまだ重視されていないことも、他のカリキュラムを知ることで、相対的に学びを捉える事ができます。こういった経験を活かして、私自身の教育的な視野もより深く広くしていきたいと思います。

<参考URL、資料>

・三省堂「キーワードを読み解く教育最前線『21世紀型能力』とは」

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