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オランダの国際バカロレアの生徒が学ぶ社会科とは?【191】

 日本の元高校社会科の教員として、IB(国際バカロレア)の学校に通う生徒の学習内容やテーマにいつも驚かされています。今回は、日本の中学1年生にあたる生徒が社会科でどんなことを学んでいるのかについて述べ、私自身がそこで感じたことを記録しておきたいと思います。

 私は現在、オランダのデン・ハーグで日本語教室を開き、子どもたちの日本語を学習するお手伝いをしたり、日本にいる中高生を対象にオンライン家庭教師をしています。私がサポートする生徒の中には、オランダの国際バカロレアの学校に通う生徒もいます。
 国際バカロレアに通っている生徒にどのようなサポートをしているかというと、IBDP日本語Aのチューターの他に、MYP(簡単にいうと日本の中学校)の生徒の母語の力を鍛えるサポートをしています。日頃、英語で学んでいる生徒たちに中高生レベルの母語(継承語)での学習機会を設け、母語(継承語)での思考力を鍛えるためのサポートもしています。具体的には、あらゆるテーマで日本語のエッセイを書いたり、理科や社会を日本語で学ぶ機会を提供しています。
 たとえ、インターと言われる学校に通い英語が流暢に話せるようになったとしても、難しい概念を理解するためには母語での理解力もある程度高めておく必要があります。そのため私が今行っているのは、言語を超えて存在する「概念理解」を深める学習です。

IBの社会科の特徴とは?

 国際バカロレア(IB)とは言っても、学校や国によって学ぶテーマは異なります。また、私はIBの教員ではありません。あくまでIBの学習を外から見て、日本との違い、日本の教育より良くなるためのヒントを掴みたいと思っています。

通史ではなくテーマを中心とする学び

 ここ最近サポートしている生徒が学んでいるテーマは、「奴隷制度」についてです。そのテーマに基づいて、これまで行ってきた学習について簡単にまとめておきたいと思います。

・「植民地支配を受けた国」をグループで調べて発表
 世界中にあるかつて植民地支配を受けた国(小国が多い)を3〜4人のグループにそれぞれ割り当て、その国が支配された経緯や植民地支配に関わった人物などをピックアップしていきました。それをグループでまとめて発表をしました。

・奴隷制度から「三角貿易」へ
奴隷制度について理解するために、17世紀頃から始まった「三角貿易」について学習していました。私がサポートしている生徒は、「奴隷がたくさん船に詰め込まれてアフリカからアメリカに運ばれたのは理解できたけれど、その背景やそもそも三角という構造がどういう意味なのかが分からない」という状態だったので、日本で学ぶ「大航海時代」などの内容と結び付けながら基本的な時代背景と三角貿易がもたらした影響についてまとめていきました。これは、日本の高校で学ぶ世界史レベルの内容に感じました。

・まとめの課題:「奴隷制度が17〜18世紀の世界経済にどのような影響を与えたのか」(500〜750語)
かつて私が教えていた日本の高校生にこの課題を出したとしても、みんながどうして良いか分からなくなるような難易度の高さです。問いだけを見ると、かなりハイレベルな論述式の大学入試問題にも相当します。さすがに、このレベルの課題になるとクラスでもどう取り組めば良いのか困っている生徒もいるようでした。
 日本で同じテーマをどこで扱うかといえば、こちらも高校の世界史レベルです。しかし、私がかつて見ていた教科書だと、説明の最後の方に数行でまとめられて終わる程度です。

 この課題には正解がありません。これまで学習してきた内容を活かし、生徒たちが論点をどう設定してまとめていくかがポイントです。調べたり考えたりするのは大変ですが、「思考力」を鍛えるのにとても良い機会だと思いました。
 個人的には、ヨーロッパの物価が上がったことやアフリカの経済発展を遅らせたなどが思い浮かびましたが、生徒がそれぞれの視点を設定できるところが魅力的です。

 このように、テーマに沿った学びは学習した内容がつながりを持ち、体系的な知識になるため生徒たちも充実感を得ながら学べるのではないでしょうか。

生徒たちはどのように学ぶのか

 日本の学校で使うような「教科書」がないのがIBの特徴です。先生が示した様々な動画や資料を元に、基本的な内容を学び、自分の考えをまとめるレポートの提出や試験があります。レポートをまとめる際には、ウェブサイトのURLや文献などを明記しなくてはなりません。いわゆる「学問的誠実性」です。

 そのため、教える側にとってもある程度の自由度が確保されているので、先生が持つスキルが活かされているように感じました。また、生徒が通う学校の社会科担当の先生は、「文法などのミスが多少あっていても良いから、しっかりと自分の考えを表現してほしい」と生徒たちに伝えているそうです。英語が第二・三言語の生徒でも、安心して積極的に課題に取り組むことができます。

テキストの学びだけでは終わらない〜「現代にも残る奴隷的な扱い」を受ける人々〜

 「奴隷」というテーマで学んできた生徒たちは、奴隷貿易の世界経済への影響についてのレポートでまとめたわけですが、その後も学びの舞台は現代へと続きます。
 「奴隷制」を過去の出来事のようにして終わるのではなく、現代にも残る奴隷的な扱いを受ける労働者に関する問題に触れていました。社会の授業で紹介されたのは、アムネスティインターナショナルのHPに掲載されていた、カタールで開催される「2022年ワールドカップ」のスタジアム建設のために雇われた外国からの労働者たちが、奴隷的な拘束を受けながら働かされているという話でした。

 私がサポートしている生徒は、「奴隷制度は過去の歴史の話だと思っていたけれど、今でも形を変えて世界のどこかに存在しているんですね。」と話しており、社会科で学んだことを現代の社会を見る力に変えていました。

 さらに私は、我々の身近にあるチョコレートの原料カカオや洋服の原料コットンの生産に関わる児童労働の問題などにも触れました。そして、日本の企業がそれに対してどのような行動を起こしているのかなど、世界の企業の取り組みと比較したりしながら、私たちの生活には見えていないいろんな問題があることを知ってもらいました。

 学んだことが身近なテーマとして実感できることはとても素晴らしいと思います。

現代世界の成り立ちを理解するためのヒント

 テストや入試のために勉強するのでなく、自分が見えている世界を広くするための学びこそ、学校教育に必要な学びの1つだと感じます。

「用語は覚えているけれど、それがどういう意味かは忘れてしまった」
私が高校教員として勤めていた時からよくその言葉を耳にし、現在も日本の学校に通う生徒たちのサポートをしている時によく聞く言葉です。
 私が高校で教えていた時は、生徒たちが授業を受けた後も残るような学びを提供したいという思いでした。そのため、論述や自分でテーマを設定する問題を中心に授業をしていました。現在も政治経済の授業などを個別でしていますが、なるべく自分の言葉でまとめてもらい、暗記ではなく体系的な理解として知識に収められるようにしています。

 その一方で、国際バカロレア(IB)だけが優れているということはありません。実際に授業の様子や学習方法などを見ていて思うこともあります。
 IB教育、オランダの教育、日本の教育、その他のいろんな国の教育にはそれぞれ良い点と悪い点があります。「この子には合っている」というのはあるかもしれませんが、一般的に優れた教育というのは存在しません。

 私は自分の中にある「教育の視野」を広げるために日本以外の教育方法を知りたいと思っています。そして、自分の授業のクオリティを高めるため、オランダ現地の学校やインターナショナルスクールでの学びをこれからも記録していきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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