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子どもの自立・アイデンティティー形成を妨げるものは何か〜『サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち』からの学び①【274】

 前回の記事で、私のオランダ生活が3年経過したこと、そして約3年ぶりに日本に帰国した時に感じたことについてまとめました。
私たちが海外生活の経験を通して「得たor失った」と感じるものは、実は多くの海外生活経験者と似ているところがあるようです。
 異文化に慣れるまでに感じる不安や孤独、落ち着きのなさなどはいわゆる「移行期」と呼ばれる時期に起こる共通した反応だということが分かった時、気持ちがとても楽になりました。

 私には7歳の娘がいますが、彼女自身は現在オランダでの生活を楽しんでいます。しかし、年齢を重ね自分のアイデンティティーを確立すると共に、きっといろんな疑問が生まれてくるでしょう。
 子どもは成長過程の中で「自分はどこの国の人なのか。どの文化が最も馴染むものなのか」という心の葛藤を抱えるそうです。それは、自国で育ってから海外に出た大人には理解できないことです。だからこそ、親としてその時にどういったサポートが必要なのかを準備しておく必要があります。

 それでは、一体どんな葛藤が子どもに生まれるのか。それについて、私が『サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち』から学んだことを記録しておきます。異文化経験をする子のタイプは、親の仕事内容、現地での待遇、滞在期間によって多様です。しかし、異文化経験をする中での悩みや葛藤にはある一定の共通点があり、それらを中心に「アイデンティティー」「反抗期」「家族関係」「悲しみ」という4つの観点から述べていきたいと思います。

 あらかじめどんな問題があるのかを親が理解できていれば、予防することもでき、また、いざ子どもに何らかの心配事が起きても落ち着いて対処できます。その一方でそれに気づかず、後になってから大きな問題につながると、親子関係の修復が難しくなるといったような取り返しがつかなくなることもあるかもしれません。

サードカルチャーキッズ(TCK)とは?

 サードカルチャーキッズ(TCK)とは、「親に伴って別の社会に移動する子どもたち」と書かれています。先述しましたが、これからアイデンティティーを形成する子どもにとって、自国を出て生活するということは大人とは異なる影響があることを私たちは理解しておかなければなりません。

アイデンティティーの形成

 親は誰もが我が子の幸福を願っています。しかし、その願いが身近な生活に落とし込めず、「家族が幸せに暮らすための環境を優先しなければ」と考えてしまい、忙しい日常で仕事や家事に追われ子どもと関わる時間が取れないことがあるかもしれません。また、「子どもを育てることが私の唯一の生きがい」となってしまい、子どもの欲求を過剰に満たして自立を妨げる状況もあるかもしれません。

 しかし、子どもはいずれ親元から離れ、自分で自分の生き方を決めていかなければいけません。それは幼い頃から練習していないと大きくなってからではできません。
 ここでは、子どもの自立に欠かせない「心の健全な成長」に焦点を当てて、子どものアイデンティティー形成に関して重要なことをまとめます。結論からすると、知育玩具や他人が実践した教育方法などに頼るのではなく、自分の子どもをよく観察し、自立した大人として子どもの人格や権利を認め、たくさん愛情を伝えることが大切です。

2つの「心理的要求」〜揺るがない関係と帰属意識〜

 子どもが持つ心理的要求は「揺るがない関係」「帰属意識」だと書かれています。
 環境が変わっても大きく変わらないのは「家族」です。自分にとって、家族の前では自分らしくいられることが初めの大きな第一歩です。そして、その家族の中で自分という人間が認められていると感じる安心感が重要です。

 移住した時は、大人もその場所での生活基盤を整えるのに必死になります。しかし、仕事を優先する姿勢ばかりが過剰になると、子どもは自分は仕事よりも優先度の低いものだと感じてしまうようです。そのため、子どもや家族との時間を大切にすることも忘れないようにしておかなくてはいけません。その時間を割くためには、夫婦間もしくは家族間同士での協力関係は不可欠になります。日本で長く育ってきた人たちにとって、「休む」ということは、わがままではないというマインドセットがまずは必要かもしれません。

子どもに必要な精神的・物質的な支え

私がかつて見ていた生徒で、両親からの物理的な環境作りは十分にされているにもかかわらず、「親のことは信用していない。家にいるのが一番嫌で、親が嫌い。」「クリスマスには親が困るものをお願いする。」という子がいました。私はそれを聞いた時、親にも話を聞いてみる必要があると思い、面談をすることにしました。すると、夫婦間の連携が取れておらず、子どものメンタルヘルスよりも、(親にとって)より良い学校を探し、学校が終わった後も勉強を必死に教えようとする家庭だということがわかりました。その子は、いわゆる教科書の勉強はできるものの、学校に通う前の「興味・関心」の電波が弱くなり、学習も受け身でこなし、授業中も大人が困ることをわざと言うようになりました。そのご家庭にとっては、中学受験をするのが駐在コミュニティーにとっての常識らしく、小学校3年生までに入らせないといけない塾があるだの何だのと、子どもを中心にするのではなく、大人が中心になって勝手にあたふたとするような状況になっていまたのです。

 このように、両親からの支えは物質的なものだけでなく、精神的・物質的な支えが両方必要なのです。それが、心の成長の時期に十分に得られないと慢性的な空虚感に満たされると書かれていました。それは日本で子育てをする時も同じです。私はその子のケースがまさにそれに当たると感じました。やはり当然ではありますが、学校よりも何よりもまずは家族関係が大きく影響してくるということを示しています。

 私たち夫婦も、どちらも公立高校の教員をしており、将来的な福利厚生や減額のない給与の面での安心感はありましたが、その当時の家族そして幼い娘との関わる時間が圧倒的に不足していたこと、忙しすぎて休みの日もゆっくりできていない状況を改善する必要があると感じ、夫婦で話し合ってその環境を変えるようにしました。

親が無意識に起こす「過去の経験に対する反動」

 ここで一つ注意しておかなくてはならないことは、親は自分の幼い頃の経験を無意識に取り入れて行動することがあるということです。例えば、幼い頃に親と過ごす時間が十分でなく、自分はそうでない親になろうと思っていた場合、幼少期の記憶の反動から必要以上に子どもと関わろうとすることが起こります。それが、何でもかんでも子どもの思い通りに動いてしまう親になってしまうことにつながるのです。そして、それがいつも間にか親のアイデンティティーの一つになってしまい、子育てが自分の生きがいになってしまうこともあります。それは子どもの自立を妨げることになります。その循環の中に入ってしまうと抜け出すのは難しいかもしれません。

 オランダの学校で働くある先生は、「最近親が子どもに必要以上に構いすぎて、何でもかんでも自分の思い通りになると思い込んでいると思っている子が増えてきている」と話してくれました。

 もちろん先述した物質的・精神的な支えは必要なのですが、大人の自立が前提であり、支えが過剰だと自分で立てない子になってしまいます。何事もバランスが重要だと感じます。

「自立」を促す機会を持つ

 これは自国で生活している時も大事な考えです。日常でどんな小さなことからでも良いので、子どもが自分で決める機会を持つことはとても重要です。海外生活をする場合、次の場所への移動など自分ではどうしようもないことがあります。しかし、世の中には自分ではどうしようもないことばかりだと子どもが思ってしまうと、自分で物事を決められず周りの流れに合わせてしまうようになると書かれていました。
 海外生活で起こる自分ではどうしようもないことがある中での、身近な決断は特に意味を持つと書かれています。最初は小さな決断で良いから、その結果が自分に返ってくることを学び、それがやがて目標を達成できるかどうかは自分自身にかかっていることを自覚できるかどうかが、その後の子どもの人生に大きく影響してきます。

 これは、教育現場にいる時からずっと感じていました。高校現場の進路相談についても、親に聞いてからでないと決められないと言う生徒がいたり、今の日本語教室でも忘れ物をした時は親のせいにする子がいますが、そこから自分で行動することの大切さを気づいてもらうように話をします。
 そんな経験から、今の日本語学習では、何もかもを自由にするわけではありませんが、自分で選択する、自分で順番を決めるなど、子どもたちに任せられることは極力任せるような授業づくりをしています。

 私はこれまで「与えられることに慣れきってしまい、自分から特に行動も起こさないのに、他人の文句や批判はするという人たち」に辟易としてきました。そんな人たちと話をしても何の生産性もなく、まず楽しいと感じることすらありませんでした。
 私の信条は、何か不満があったり解決したい課題があるのであれば、まずは自分にできるところから実践するということです。だから、子どもたちには自分の周りにはどんな問題があって、それを誰かのせいにして終わりではなく、自分たちならどんな行動ができるかを話し合うようにしています。

 以上、『サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち』から学んだことについて「アイデンティティー」の観点から重要だと思ったことをまとめました。完璧な子育てというものは存在しませんし、それを追い求めることは間違いですが、異文化圏で育つ子どもが陥りやすい心理的な状況について事前に理解し、それぞれの子どもの性格に合わせて親としてできること、求められることを実践することが重要です。この記事がそのヒントになって、実際に著書をお読みになっていろんな子を学んで感じていただけたら何よりです。

 それでは次回は「反抗期」というテーマでまとめていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。

<参考文献>
デビッド・C.ポロック、ルース=ヴァン・リーケン著、嘉納もも、日部八重子訳『サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち』(スリーエーネットワーク、2010)

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