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オランダの国際バカロレアの生徒は「マキャベリ『君主論』」をどう学ぶのか?【266】

 高校の政治経済を学んだことがある人は、この人物と著書の名前は聞いたことがあるかもしれません。しかし、私たちはそこから一体どんなことを学んだのでしょうか。

 もちろん学んだことを全て覚えているというのはほぼ不可能なことです。しかし、社会科の学習を通して、自分の生き方だったり、世の中や物事を広くとらえることに役立ってほしいと思います。

 以前から、IB MYPに通っている生徒の日本語サポートをさせてもらっています。今日は、その中で感じたIBで学ぶ社会科の魅力について記録しておきたいと思います。今回のテーマは、「マキャベリの著書に学ぶ近代国家の原点」です。

 彼の著書『君主論』は、君主のあるべき姿について述べられており、時には道徳に反することもやむを得ないとしているところから、危険な思想を持つものだとされていました。しかし、その後近代国家を作り上げる上で、多くの国王や権力者がこれを愛読したとされています。

 一部危険な思想を持つとされつつも、近代国家を作る上で大きな影響を与えるとされたこの本にはどのようなことが書かれていたのでしょうか。そして、私がサポートしている生徒が通っている学校の授業では、どのように取り上げられているのかを記録しておきます。

生徒たちの考えをまずは炙り出す

授業の中では以下のような活動があったようです。

統治に必要な要素とは?

 まず自分が「統治者」という立場で、統治に必要なキーワードを書き出すところから始まります。そして、国の統治者の立場になり、統治するのに最善の方法について考え、それを共有します。

 ここでは、生徒の自由な発想や、日常的に思考していることが試されているように思います。ここでいろんなアイデアを共有し、国家をまとめることがどれだけ大規模で難しいことなのかを考えさせたかったのかもしれません。

どんな軍隊を持つのが重要か

 ここから少し具体的な質問に入っていきます。生徒にはいくつかの質問が投げかけられ、4つの選択肢がそれぞれ与えられます。

◯国家を乗っ取るにはどのような方法が良いか
 ①自前の軍隊を使う
 ②同盟などの仲間関係にある軍隊を使う
 ③国王やその家族を直接殺害する
 ④現政権の国王が悪い人で自分がリーダーであるべきだという説明をする

◯あなたはどのタイプの軍隊を持っているか
 ①自分がお金を払って雇っている、よく訓練された兵士の軍隊(傭兵)
 ②友好関係のあるところから借りた軍隊(外国の軍隊)
 ③自国の軍隊(国民軍)
 ④愛の軍隊(古代ギリシア?)

 ここでは、マキャベリが述べた国民軍の創設の重要性について考えさせようとしています。お金で雇う傭兵では、国を守りきれないという当時のイタリアの危機感を表しているのではないでしょうか。

統治者の信念や振る舞い

ここからは統治者としての信念や振る舞いなどについての質問に移ります。

◯自分にとって良いと思うことは何か。
 ①法律に従う必要はなく、好きなことをする
 ②人々を助けるためなら、法律のことを心配する必要はない
 ③常に法律に従うべきだ
 ④あなたの国自体が危険にさらされていない限り法律に従う

◯人々がコロッセオを建設してほしいと頼んできたら、あなたはどうしますか。
①要求してきた人の幸せのために建設する
 ②建設し、人々が来るように準備する
 ③説明なしに要求を無視する
 ④建てるのに費用がかかりすぎることを説明する

◯あなたのことを悪い王であるかについて話している⼈々のグループを⾒つけたとき、どうしますか。
①全部殺してしまえ!
 ②奴ら全員とその家族を殺してしまえ!
 ③彼らが間違っている理由を説明する。
 ④うまくやめるように頼む。

◯あなたの兄弟が王位を狙っていると聞いた時、あなたはどうしますか。
 ①そいつを殺してしまえ!
 ②その人をだまして本当のことを言わせる
 ③何が起こっているのか冷静に尋ねる
 ④誰がこのことについてあなたに話したのかを、兄弟に伝えてから状況について話し合う

◯自分の偉大さを示すのに、あなたはどのようにしますか。
①立派な道路、橋、彫像
 ②すべての人に食べ物があることを保証する
 ③軍隊を編成し、最も嫌われる敵を攻撃する
 ④あなたが通り過ぎる時に全ての人にお辞儀させる

◯隣接する国同士が戦争を始めるとき、あなたはどうしますか。
①味方を選ばず戦わせる
 ②コインを投げてサポートする側を選ぶ
 ③あなたにお金を払ってくれる人を助けると申し出る
 ④部下が好むと思われる側を支持する

◯どのタイプのアドバイザーを選ぶか
 ①信頼できる友人や人
 ②あなたにお金を払ってくれる人
 ③いつも「あなたは素晴らしい」と言ってくれる人
 ④賢明で正直だが、あなたに反対するかもしれない人

◯あなたの国で法律はどのような役割を果たしますか
 ①あなたが好きな法律を作る
 ②人々は法律に投票できる
 ③法律のことは気にせず、軍隊で全ての問題を処理する
 ④そもそも国に法律がない

 以上が、マキャベリをテーマにした授業の中で行われた生徒たちへの質問項目です。これらの質問を見て、生徒たちが自分だったらどうか、現代ならどのような考えが一般的かというのを見つけ出すでしょう。

 そして最後には、マキャベリの思想について先生が紹介し、その考えに似ている生徒がいる・いないで盛り上がる場面もあったそうです。ただ、授業のまとめとして、なぜここまでマキャベリが一部危険とも取れる思想を持ったのか、この『君主論』はどのような状況下で誰に向けて書かれたものなのかを最後は明らかにしていました。このように、どのような状況下で物事を判断するのかは大きく変わってくることが理解でき、また現代は他国からの圧力が一方的にならないよう国際的に協力できる体制が整っていることも理解できると思います。

まとめ

マキャベリが見ていた小国分立のイタリア

 初めに知っておかなくてはならないことは、彼のこの著書は一般向けに書かれたものではなく、フィレンツェの君主に対して書かれたものだということです。これは、当時小国に分裂していたイタリアの政治的混乱を脱して諸外国と渡り合うために君主として必要なことを論じたものなのです。
 そのため、「理想」というよりは現実的な側面を踏まえて、厳しい現状を打破するための考えをまとめたと考えられます。

マキアヴェリズム(権謀術数)

 彼には、元来人間は「邪悪な生き物だ」という前提があります。愛情は、自分の利害が絡めば断ち切られてしまうものとしており、恐れられている方が秩序を安定できると考えていたようです。

 なぜ、ここまでに人間を邪悪なものとして描いていたのか。それは、中世から近代に移る中での時代の経過に伴う価値観の変化があったからなのかもしれません。
 中世から近代といえば、政治や価値観などの中心は宗教だった時代から、科学など人間を中心とした時代への移行を一般的に示しています。宗教から自由になった人々は、宗教という共通の目的を失い、利己的でバラバラになっていくと彼は考えていたのかもしれません。
 そこで、統治者はどう国をまとめていくべきなのかが重要なテーマとなってきます。時には強制力な政治秩序が必要になるという考えが、近代的な政治思想の基礎になったとも言われています。

「ライオンのような勇猛さと狐のような狡猾さ」

 最後に、彼が述べた有名な言葉として「ライオンのような勇猛さと狐のような狡猾さ」というものがあります。彼が理想とする君主には、野獣のような一面も持ち合わせる必要があるとされています。さらに、その野獣といっても二つの側面が必要だと述べています。それは、策略の罠から身を守れる狐であることと、勇敢に前進するライオンのような強さも必要であることを示しています。

 そして、これが彼を危険思想の持ち主だとされたところですが、国を維持するためには、時に人間味を失ったような行為をしなければならないと言っています。なるべく善い行いから離れずにいることが重要だが、必要であれば悪に踏み込むことも心得ておかなければならないということです。統治者として時には冷酷な判断もしなければならないということを示しているのでしょう。

一国の「冷酷な判断」に至らないために必要な国際協調、助け合い

 現代の社会に暮らす人々からすると、過激に書かれているように感じられるかもしれません。しかし、中世から近代に移るに従って変化していた人々の価値観、まだ小国分立状態に近く隣国(フランスやスペインなど)には強大な勢力が迫っていたイタリアの状態を考えると、こういった考えは当初必要だったのかもしれません。

 現代の私たちが学べることとして、国際協調の重要性だと思います。やはり、自国至上主義や弱いものいじめのようなことをしていると、追い込まれた国は自国を守るために非情な決断を迫られる時が来るかもしれません。競争原理が働く資本主義が根底にある現代社会ですが、その恩恵を受けつつも、立場の弱くなってしまう人々や国家のことを忘れてはいけないということを学ぶことができるのではないでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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