ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』(第3章)主張〜見通しが立つ指導と学習【339】
学校教育において、生徒や教員が研究と実践を往復できるような環境が求められています。今回私が読んだ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』では、これまでの教育実践がどのような効果があるとされているのかが、メタ分析(分析されたものを体系的に分析したもの)によって可視化されています。私たちは、この結果を正解として受け入れるのではなく、その効果の是非について受け止め、仲間と対話しこれからの実践でどのようなことが必要なのかを考えていくことが必要だと考えられます。今回は10章の構成のうち、第3章の「主張〜見通しが立つ指導と学習」というテーマについて書かれていたことに基づいて、重要なポイントをまとめておきたいと思います。
第3章 主張〜見通しが立つ指導と学習
見通し、フィードバック、安心
教師と学習者の立場を行き来する
学習の効果を最大化するものは、学習者が教師の立場に立ち、教師が学習者の立場に立つこととされています。立場が変化することで、自己をモニタリングすることができ、自己調整能力が発揮されるようになると考えられます。
見通しのある学習
学習は行き当たりばったりではなく、慎重に計画され見通しのある方法をとる指導が行われた場合、学習者への影響が大きくなると書かれていました。また、学習者自身もその日の課題をこなすだけではなく、自身でも見通しをもてるようにし、自己調整をしながら学習を進められるようにすることが重要だと示されていました。
安心できる学習環境とフィードバック
学習効果を高めるものとして、他の学習者とのつながりを感じられることも重要(Cornelius-White、2007)だと書かれていました。
安心できる環境とは、間違いが許容され引き出される環境を示しています。間違いが許容されることがなぜ大切なのか、ということについて学校や組織の中で共通理解がないと、こういった安心できる環境づくりは難しいのではないかと思います。間違いと間違いに対するフィードバックから多くのことが学ばれるという前提をメンバーが共有することで、学習はより効果的なものになるのではないでしょうか。それと同時に、教師自身もそういった環境に身を置くことが必要だと書かれていました。
日本では、定期的にテストが行われその点数によって数値によるランク付が行われます。その結果についてフィードバックが行われる機会は少なく、その内容について、知識としての理解を確かめる判断が行われるだけなのではないでしょうか。また、私も今はオンラインで家庭教師のサポートしていますが、テストが終わっても次のテストの向けての授業がすぐに始まり、テストで得られるフィードバックを意識的に重視していないと、どんどん学習を消費するだけになってしまうように感じます。やはり、一つ一つの学習活動が子どもたちの成長につながると考えなければならないのではないでしょうか。
情熱
私たちがもつこれまでの学校教育の思い出として、ある教科を好きになる時、それは先生自身の魅力があったからということはなかったでしょうか。
むしろその逆の話もありで、人間的に魅力が感じられない先生の教科は好きになれないこともありえます。
先生の魅力の一つとして、先生自身がもっている情熱が関係しています。本書では、教師がもつ情熱は軽視されがちではあるけれど、実は学習者の効果に大きな影響があるとされています。
学習の負荷
学習というのは、決して簡単な問題だけを解いていても向上が見られるわけではありません。とはいっても、難しい問題ばかりでは、学習に対し自信をもてたり、学ぶことの楽しさを感じることは難しいかもしれません。そのバランスをうまく保つために、教師は生徒をよく観察し、学習進度を把握しながらそれぞれの到達度に合わせた内容が提供できるのが理想的です。
本書でも、「学習はいつも楽しく容易いものであるだけでなく、何度も学習を繰り返すことや、新しい知識を獲得したり既習事項を学びなおしたりすることや、他の学習者と協同して困難な課題に取り組んだりすることが求められる」と書かれています。
教師が課題の難易度を決めるのではなく、学習者が難しい課題に取り組もうという気持ちが持てるように支援すること、そして、難しい課題に取り組んでいる際のフィードバックが必要だとされています。
自ら難しい課題にチャレンジするという自己決定、そして少し負荷のかかった状態で見守られているという安心感が学習者の成長を促進させると考えられます。
優れた指導とは
野外での短期教室での効果について紹介されていました。自己概念位肯定的な影響を与える冒険教室のプログラムとそれがどのように自己概念位影響を与えるのかについてまとめておきます。
見通しの立つ指導
「目標が困難で具体的で見通しが立つ」からこそ、学習者は学習に向き合うようになります。さらに、教師主導か学習者中心かの二者択一で考えるのではなく、一体化してとらえるモデルが重要だとされています。
ポパーの「3つの世界説」
これは学力の3段階と重なるところが多く、学習の進める上で参考にできるとされています。
この3つの世界説のつながりを考え、それらを学習に活かすことが重要だということが分かります。浅い理解と深い理解に基づく学習者自身の「構成された現実」と「現実世界に対する探究心」が指導の成果として現れるとされています。現在の日本の学校教育では、探究心についての重要性についての認知は広がっていますが、未だに物理的世界の浅い理解にとどまっている側面があるのではないでしょうか。ここで、知識・思考・構成のすべてに注意を払った場合に、指導と学習が一体となって効果を上げるとされています。結論として、学校教育が本来やるべきことは、「概念を作り出し、またその概念の価値を高めること」ということになります。
よい指導というものは、考えることそのものが目的となるのではなく、説明を組み立てること、批判すること、推論を導出すること、応用を見つけることといった活動を学習者に求めるとしています。さらに、
3つの世界説から見る「教育の目標」
「浅い理解(第1段階)」あるいは「深い理解や思考方法を身につけること(第2理解)」こそが、教育の目標であるとする思い込みから脱却し、浅い理解と深い理解がバランスよくなされ、知識や現実世界についての妥当な枠組みがよりよく構成されること(第3段階)につながるようにすることが教育の目標でなければならないとされています。
これにおいては、授業中の教師からの質問や試験の項目の多くが浅い知識に関するものになっているために、学習者も浅い知識を身につけようとすると指摘されています。
学校教育で目指すべきだとされている概念的な学びと、現実的に慣習的に行われている浅い知識を身につけさせる指導の比較を行い、そこに生まれる認識のずれやチームとしてできる教育実践が必要になるのではないでしょうか。
SOLOモデル
これは、1982年にビッグスとコーリスによって提唱された「観察された学習成果の構造」です。SOLOとは、"structure of observed learning outcomes"です。思考を5つのレベルに分け、浅い理解から深い思考のレベルにつながるための参考になります。
ブルームタキソノミー(教育目標の分類学)
教育目標を明確にし、教師が学習者に対して効果的な指導をすることを目的に考えられた概念です。これは知識次元を4つに分け、認知課程の次元を6つに分けて考えています。
浅い知識は不必要なのではなく、深い知識につなげるために必要だと考え、さらにそれらを「文脈や知識体系に位置づけた形」で理解する必要があるとしています。おそらく、現実世界を理解することや私たちの認知を広げるものでなければ、それはただその知識として完結してしまい、それ以上の概念形成は行われません。最終的には、自分で調整や認知過程を振り返ることができ、そういった自己調整能力を学習者が身につけることが重要だと考えることができます。
学習の初心者と熟達者の違い(Klahr、2000)
学習が終わった後にも継続して学ぶことや、次の学びのステップにつながることが理想とされています。学校での学びで多くの知識をつけることではなく、学習方法が上達することが重要だと考えられています。ここで、学習における初心者と熟達者の違いについて述べられていました。
ここのポイントは、ただむやみに繰り返しの練習をするのか、目的をもって繰り返し取り組むかによって、大きな成果の違いを生み出すということです。
試行錯誤方略を用いる初心者
新しい学習を始める時、とりあえず始めてみるという行為からスタートすることが大半ではないでしょうか。このように、初心者はデータを収集しようとします。
役に立つ方略の探索を行う熟達者
ある程度熟知した分野の学習をする時は、データを収集することよりも解釈することに関心を向けます。人間の認知構造には制約があり、一度に記憶できる量にも限りがあります。多くの情報をインプットするためにはどうすれば良いのでしょうか。こういう時に、熟達者は記憶できる量を増やすために、高次のスキーマを形成します。高次のスキーマとは、学習をうまく進めるための学習方略を習得するということです。
熟達者の大きな初心者との違いは、より高い能力レベルに到達できるようになるに、意図的な練習には最大限集中し、長期間のたゆまぬ努力を行うということだと書かれていました。ただ単に意識されず繰り返すことが目的になる練習とは成果が大きく異なるということです。
5つの要因(学習者、家庭、学校、教師、指導方法)
学習者要因
学習の前段階での知識の有無や態度なども影響しますが、学習過程における自分をメタ認知したり、学習後の期待なども大きな要因となることが書かれていました。細かい項目については本書をご覧ください。
そういった前向きな姿勢や振り返る姿勢を身につけるために、周囲の大人にもできることがあります。ここには抽象的ではありましたが、意欲をかき立て、努力の重要性、前向きな気持ちを持たせるということが書かれていました。
さらに就学前には、「経験を受け入れようとする態度」「学習に努力を振り向けようとする意欲」「頭を使おうとする態度」などを持たせることが重要だとも示されていました。それらが、学校での適度に困難な課題に対して、自身が努力することで能力が身につくという経験から、学習に対する前向きな姿勢が形成されます。こういった流れは、さらに子どもたちの学びを促進させ、協働での学びを促進することにもつながっていきます。
学校では、何を学ばせるかに焦点を当てるのではなく、「学習者の関心を学習に向けさせ」、「学習者が新たな体験を進んで受け入れられる」環境を整備することで、学びは促進されます。
※「精神的な欠席」
学習内容が難しいということが原因で学習者が学ぶ意欲を持てなくなることもありますが、内容が簡単過ぎたり、学習する意味を感じられていない状態にも目を向ける必要があります。実際に子どもたちの学びに目を向けると、「授業内容のほとんどは学習者がすでに知っていること」であったり、「授業時間の85%は教師の話を聞いているだけ」であったりすることなども子どもたちの学習を阻む要因にもなっています。
教師側ではなく、学習者が「難しいが取り組みがいのある学習内容」と感じながら学ぶこと、「学習者に高い期待を寄せる」ことが重要で、「卒業できなくなるといった悪い結果を回避させる目標はいけない」ということを理解しなければいけません。成績が下がる、留年する、卒業できないという脅しに頼らないアプローチが必要です。
家庭要因
これは他の記事でも触れてきましたが、「保護者が子どもに期待と希望をかける」ことが重要だと書かれていました。また、学校での取り組みを理解し関わりを持つことでそれが促進されるとされています。
学校要因
学校環境として重要なのは、特別なカリキュラムでも最新のICT設備などでもなく、「間違うことが歓迎され、安心でき思いやりのある学級風土」があることです。議論として話される、「教育条件(学校建築、時間割、学級規模、能力別学級編制、学校予算など)」というのは、重要ではあるものの効果としては小さいことを私たちは理解しておかなければいけません。
この本で書かれていたこととして、学校に関わる要因のうち効果が高いのは、学級風土、同級生からの影響、破壊的行動をとる児童生徒の有無といった学校内の様相に関するもの(間違うことを許され、互いを認め合う)だということをここで示しておきたいと思います。学校教育に関しては、これらの視点は非常に重要です。
※「招待学習」の4つのモデル(Purkey、2001)
招待:考えるために役に立つ何かを差し出す
「学校は、学習に取り組もうとする児童生徒を招き入れたり、あるいは誠意をもって呼び集めるような場であるべき」とし、強制的・脅迫的な学びの場にしないことの重要性を示しています。
教師要因
教師として学習効果を高めるものにはるどのようなものがあるのでしょうか。本書に書かれていたものの中で、私が特に重要だと思ったことを引用しておきます。
教師要因の例において、「高校数学教師における指導の質」が紹介されていました。そこでは、正解を求めることにとどまらず、解法を用いた理由を説明・分析することが行われています。それとともに、学習者は課題に取り組んでいる際に「数学とその課題に対する価値」を実感しています。また、常に課題解決の質を点検しながら最も高いレベルに到達できるように努力するような雰囲気の中で学んでいます。
こういった事例から、学習者が教師を評価することに対する誤解を解く必要性も書かれていました。「教師のことを最も評価できる立場にいるのは、日々教室で教師と時間を共にしている学習者」であり、「学習者の教師に対する評価は気まぐれであるとか、習っている教師に対する評価を高めにつける」というのは誤解であると述べています。
指導方法要因
私が学校で働いていた頃、どんな教材が良いかという話題はよく耳にしていたものの、どのように指導を進めていくのかという議論はあまりなかったように思います。
本書で書かれていたことをまとめると、学習目標がいつ達成されるのかを意識し、学ぶ目的や到達基準に注意を払う必要だと書かれています。また、課題においても難易度によって課題を設定できたり、意図的に繰り返し練習ができることが必要だとされています。
また、教師側から設定された学習をただ取り組ませるだけでなく、「学習方略の指導」が重要であることを理解しなければならないとしています。学習方略を身につける過程において、「学習計画を立てるとともに、指導方法について他の教師との話し合いをもつ」ことで、それが促進されるとも書かれています。つまり、学習は学習者と教師を往復する中で深められていることが分かります。
まとめ
ここでは、学習過程における間違いやつまずきの重要性を理解し、そういった安心できる学習環境の中で、学習者のもつ概念を広げることができるということが分かりました。
学習者や教師にとって効果的なフィードバックに必要な3つの問い
主体性のある学習者とそうでない学習者の違い(Kember&Wong、2000)
ここで、学習者の主体性の違いが生む学習成果の違いについて書かれていたことをまとめておきます。
消極的な学習者は、「系統的で流れが明確で、学習のねらいが明確に示された授業を行う教師を好む」とされており、大人側から計画された過程で学びを消費する学びを望みます。そのため、日本の学校で、難しい内容をうまく説明できたり、この授業(塾や予備校なども含め)を受ければ点数が必ず伸びるというような先生が好まれているのも理解できます。
その一方で、主体的な学習者は「教室内での相互作用を起こし、さまざまな指導方法を展開し、高い意欲を見せる教師を好む」とされています。学びを通して新しいものが生み出され、相互の関係において学びがより深まるということが重視されているように感じます。これはPBL学習(プロジェクトベースの学び)が当てはまると思います。
学校教育の目標は主体的な学習者を増やすこと
主体的な学習者を増やすためには、消極的な学習者を育てるような学びではなく、教師が学習者の立場で学習を考え、学習者が主体的に学習に取り組めるような環境を整える必要があります。
知識や思考体系を他の学びにも活かせるような「学習内容の転移」は、非常に重要です。しかし、これは消極的な学びからは生まれません。「主体的に学習に取り組み、深いレベルの認知処理を行うことは、学習内容を身につけることと、学習内容の転移を起こすために重要な働きをする」(Salomon&Perkins、1989)とされているように、「深いレベルのネットワーク化された知識構造」を主体的な学びの中で形成する必要があるのです。
また、「知識と理解は深いレベルでまとまりがあり、別の考え方や既有知識、複数の表象、日常経験との関連性をもつ」(Pugh & Bergin、2006)ということも分かっています。この結果からも、教室での学びが常に現実世界の文脈の中で行われる必要があるというのを私たちは理解しなければならないのです。
メタ認知的知覚
メタ認知という知覚状態について、教師はどれぐらい理解できているのでしょうか。大学の教職課程にある教育心理学でその言葉を聞いた覚えはありますが、実際にどのような場面でどのように重要なものなのかは理解できないまま学校現場に出た記憶があります。
メタ認知とは、「自分自身が何を知っているのかいないのか」という認知レベルを示します。つまり、自分の状態を俯瞰して見ることができるということです。これは、学校教育だけでなく、日常生活や仕事においても必要なスキルです。
このメタ認知は通常の認知処理と一緒に働かせると、学習の成果はさらに高まるとされています。
また、学習においては動機づけも非常に重要で、動機づけ(間違いなく内発的なものが理想)が高いことで学習者がより学習に取り組むようになり、その中でよりよい学習方略を身につけることにつながります。そして、教師はそれを見守るという行為も非常に重要です。
内発的な動機に支えられ、より困難な課題に取り組もうとする中で、課題解決に向けた行動とフィードバックとが効果的に結びつくと学習はより効果的なものになっていきます。
これからの学校教育を考える上で、学校教育のハード面だけでなく、目には見えないソフト面の重要性がこれで確認できたのではないでしょうか。
<参考資料>
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?