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現地で育った移民から見たオランダの「進路選択」【400】

 先日、日本語がかなり流暢でオランダの教育を受けて育ったトルコ系のお友達が自宅に遊びに来てくれました。一緒にたこ焼きを作ったり、マリオカートで遊んだりしながらいろんな話をしてあっという間でした。その中で彼が考える「オランダでの進路選択」について興味深い話が聞けたので、ここに記録しておきたいと思います。

学校は「友達とのコミュニケーション」を学ぶ場所

 妻はオランダ現地の学校で週に1度、英語を教えに行っています。元々高校教諭でもあった彼女が、異国でしかも小学生に英語を教えるというビッグチャレンジをしていることは尊敬しますが、実際にはかなり苦戦しているようです。子どもたち母語がオランダ語であり、ましてや小学生を教えた経験がほとんどない彼女にとって毎回学びがたくさんあるようです。特に困っているのは、しょっちゅう起こる揉め事だといいます、、、何かの活動をしたくても「隣の子が意地悪してきた」や「私のはさみがどこかへ行っちゃった」「(活動についての説明の後に)何をやったらいいの?」「もう終わったから外に遊びにいきたい」など、子どものたちの自由奔放に毎度翻弄されているそうです。

 その話を友人の彼にすると、「小さい子たちだとそうなるのは当然じゃないかな。みんなに何かをしようと思っても、すぐ終わっちゃう子もいれば時間がかかる子もいると思うんだよね。そもそも学校っていうのは、もちろん勉強もするんだけど、特に小さい年齢の子達だったらコミュニケーションを学ぶ場所なんじゃないかな?」

 私と妻は唖然としました。確かに私たちは「授業では何かをさせなければいけない」という固定観念に縛られていたのかもしれません。子どもたちが社会に出て自立して生きていくための「最初のステップ」である小学1・2年生のぐらいの子たちは、学ぶための土台をしっかりと作る必要があるのではないだろうか。その学ぶための土台というのは、読み書き計算の基礎ももちろんですが、自分の気持ちをきちんと相手に伝えることや友達との関係づくり、対立が起こった時にどうすればお互いが納得できる終わり方ができるのかなどを学んでいくことを私たちは忘れてしまっているような感覚になりました。つまり、そもそもの「学校教育の捉え直し」からスタートしなければならないという状況です。私たちはつい学力ばかりに目が行きがちではありますが、確かに人間関係を学ぶのも立派な勉強ですよね。

無理やり'VWO'に進んだ友達は就職先がなくて困っている

オランダの進路選択(基本情報)

 オランダでは小学校卒業とともに、おおよその進路が決定します。中等教育課程に進む段階で、大きく分けて'VWO(大学進学コース)'、'HAVO(高等一般教育コース)'、'VMBO(中等職業準備コース)'に分かれます。最も高いレベルの'VWO'に進学すると、大学での研究を前提に非常に高度な学びが行われます。'HAVO'も大学として考えられますが、これは'VWO'のように研究をメインにした学びではなく、上級看護師や教員、技術者などの養成がメインとされています。日本の大学はこれらが混ざり合っているので、研究がメインか高度な専門的スキルを身につけるのがメインかに分かれるという感じだと思います。そして'VMBO'は警察官や一般の看護師、美容師などになるコースです。

 近年は中学校への進学段階でのレベル分けは早すぎるという考えもあり、進学後に進路変更をすることも簡単なことではないものの不可能ではなく、「学び直しの機会」は保証されています。

需要と供給のミスマッチ

 彼が幼い頃は、研究者を目指す人が少なかったので国をあげて「'VWO'のコースに入って研究者を目指そう!」というような考えが広まっていたそうです。そういった活動やVUCAと言われる現代社会に生きることへの不安から、高い学歴を身につけておくことへの需要は高まったように感じられます。これは日本にも当てはまることで、専門的になればなるほど収入も高くなる傾向がありますので、なるべく子どもが将来苦労しないようにとできるだけ高い学歴をつけさせようという動きがあります。

 しかし、現在どのようなことが起こっているのかというと、生活のインフラを支えるための仕事に就く人、いわゆる'VMBO'のカリキュラムに進む人たちが少なくなっているそうです。例えば、家の窓を変えてもらったり電気工事が必要な場合、そのサービスを受けるまでに多大な時間がかかります。さらに、なるべく高い学歴をつけることを優先してしまったがために、そもそも学ぶことや研究がそんなに好きではないまま大学進学コースに進学して何とか卒業まで来れたとしても、就職がないまま何年も経過してしたというケースもあるそうです。もちろん、日本の大学のように入試さえ突破すればあとは流れで卒業できるというものではありませんので、途中でドロップアウトする生徒や学生も一定数はいます。
 つまり、なるべく高い学歴をと思って多くの人が何も考えないまま'VWO'への進学一択にしてしまうことで、職業の需要と供給のバランスが崩壊し、現在は'HAVO'や'VMBO'に進学して卒業した人たちの方が仕事が見つかりやすく、十分な給料がもらえているということが起こっているそうです。さらに国も'VWO'への偏りに危機感を覚えているということでした。

 このバランスの喪失は日本でも起きていることだと思います。勉強が好きで新しい研究に取り組んでみたい、もっと深く学びたいという場合は、大学という場所は適しているのかもしれません。しかし、学ぶことにあまり魅力を感じず、そもそも適性がない場合は、そういった進路に行くと逆にその途中や就職の段階で苦しむ可能性があります。もちろん、国の社会保障がどこまで充実しているかも大きく関係しているので、一概に保護者や生徒自身の選択が間違っているという判断はできませんが、やはり適材適所と本人が高い学歴を身につける必要が感じられなくても、自分なりのスキルを身につけて生活ができるという保証をすることは重要だと思います。

日本の大学進学率を考える

 日本では大学への進学率が約60%と報道されており、昨年2023年は過去最高の数値となったそうです。

 日本の大学は、その定義がオランダとは異なります。日本の場合、企業へ就職するための装置化している部分があります。そういった意味で、オランダの'HAVO'のコースの先にある応用科学大学(HBO)と一緒になってしまっているので、数値だけで判断するのは難しいところがあります。

 早稲田大学の帰国生入試の小論文にも「日本の大学教育の問題点(主に入試がもっとも困難であることと何かを学ぶというよりも就職するための通過儀礼になっているところ)」について指摘されている文章がありました。
 私は大学進学率が高くなることは単に悪いことではなく、その分だけ高度な専門職に就いて途上国の発展に貢献できたり、日本から出て他の国とうまく技術協力ができるなど、社会を良くする方向に向ける人たちがたくさん生まれたら良いと思っています。しかし、私が大学受験のサポートで感じるのは、大学入試の勉強がかなりハードなので、大学入学後はあまり勉強するのに熱が入らない学生が多いということです。一般的なオランダの大学では、みんな卒業するために必死に学んでいると聞きます。そこで生まれる日々の学びの差はやがて大きい差になり、何よりも学ぶことや新しいことを発見する喜びからは遠ざかってしまうことが勿体無いことだと感じます。

 今回は私が日頃何となく疑問に思っていたことを、全く異なる環境で育った友人から聞いた話から色々を考えることがあったので記事にしました。
 結論があるわけではありませんが、オランダで育った友人からの話を聞いて、改めて考え直さなければいけないことがたくさんあると感じることができました。自分とは異なる環境で育った人の人生経験や考え方は本当に魅力があります。これからも新しい気づきや疑問に思ったことは学びとして記録していきたいと思います。


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