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滋賀県甲賀市を初めて曲にしたのは俺だ

(多分)

2024年8月28日、(夜と)SAMPOのMajor 1st Album 「モンスター」をリリースする。

↑(夜と)SAMPO「モンスター」 先行配信曲など聞けます CDも買える


おおよそ大半のアーティストが「捨て曲ないから全部聴いて」「アルバムの曲順にもこだわったから流れで聴いて欲しい」「歌詞カードも見ながら…」という念珠を呟く。コレはとっても真実で、それに値する労力や時間の消費、そして脳みその神経伝達物質の過剰分泌により生み出されるもの、それが「フルアルバム」だからである。

ただし、僕は聞き手はこの限りでなくて良いと思う。自由に、それぞれの解釈で。好きな曲だけ聴いたっていい。順番だって勝手だし、歌詞じゃなくてココが聞きたいんだっていう個々の重みづけがあって然るべきだ。

そう言いながらも「この曲だけは…良かったら聴いてほちいなッ、アタイが書いた歌詞も…読んでほちいなッ‼︎」と早口でのたまってしまう曲、それが本日解説する"idea"(イデア)である。

ひとことで言えば、「赦しの曲」だ。
「ユルス」ったって、許すと赦すにはどんな差があるのか。

「赦す」は、罪や過ちを赦す。
「許す」は、何かをすることを認める、許可する。

というような記事をネットで見つけた。おおよそはその通りだと思うが、僕がこの曲にこめた赦しというのは、特に「自分に対する赦し」である。

なぜ赦しなのか?ヒントは滋賀県にある。

「え?滋賀に?」
「「「って、なんで俺くんが?!」」」
その訳は、以前僕が滋賀に移住を決めた記事の中にも記したつもりです。

文章が長いことに定評があるので、流し読みして欲しい。特に後半だけ読んでくれたら。

人はいつか、自分の心の中の妬みや嫉みをエサにする、「たりない何か」を求める、あさましき「けもの」に食いつぶされてしまうことが一度はあるのではないかと思う。
そこから「ニンゲン」に変身するためには、自分自身を「赦す」ことが何よりも大事じゃないかと思うのです。

例えば僕にとってけものは、
音楽も仕事も結果を出せる、特別な存在でありたい。俺はできるはずだ、結果が欲しい。特別な毎日を送るべきで、寝食忘れて熱中するなにかに打ち込むような人生であるべきだ。
というような観念だった。

このケッタイなけもの、満たされている時はとてつもない全能感、快楽がそこにはあった。だが何もできなかった日には酷く落ち込んだ。自分が無価値ではないかという呪縛が肉体を包み込む。コレを否定するための呪詛を呟く。特別なんだと証明したくてたまらない。

こんなけものを心に巣食わせ、特別な日々を求めるわたくし。だが、ニンゲンらしさを与えてくれたのが滋賀県。

甲賀市という街に暮らしたことはとてもよかった。

そこには最高にフッツーの暮らしがあった。遠くに見える山々と、杣川という一級河川によってもたらされる自然の景色。何の気なしに土手を散歩する。道の駅で野菜を買って、サラダを作る。近所の気になってる飲食店を回る。めぼしいラーメン屋は全部巡る。友達ができた。友達と「今週末の休みは、庭でバーベキューをしよう」と言って遊ぶ。仕事の愚痴を言う。ココに書くのも躊躇われる非常に程度の低い話を友達とする。夜に他愛もない話を交わしながら、ちょっと飲みすぎる。朝をダメにして1日を削ってしまう。昼からまたラーメンを食べる。風呂に入り、歩みを緩めながら夕焼けを見る。

こんな特別でもなんでもない日常が、いつしか僕の周りに溢れる。ケモノは叫ぶ。「お前は特別な1日を何一つ過ごせていないぞ、無価値だぞ」と。僕の中に埋没していたニンゲンが叫び返す。「コレも幸せだって思える今が楽しいんだよ、お前のことも好きだけど、特別じゃない俺だっていいじゃないか!」と。いつしか、「こうじゃなきゃ」から、「こうでもいいじゃん」が心の口癖に変わっていく。あらゆるわたしを赦すことにトライできるようになってゆく。

サビの歌詞に甲賀市での暮らしを描いた。

きっとここは天国じゃない
でも地獄よりは1番遠い

この2行に、言いたいことが全てかけたような気がした。
そしてそんな物事の本質、理念であり、立ち返ることのできるものーーーそのような意味から「イデア」と名づけた。

リリックビデオでは、まさしく滋賀県甲賀市で撮影を行った。
駅前の景色、杣川のうつくしさ、緑と町の融合…
大阪の都会で仕事をして、ここに帰ってくればすべてがだいじょうぶ。
そんな街が、この曲のことを、言葉以上に語ってくれている素晴らしいビデオだ。制作はえす郎くん。二人で甲賀市を歩きながら撮影した。撮影の道中、車の中でideaを流したら思わず涙が流れてしまったのだが、恥ずかしかったのでえす郎くんには夏風邪をひいて鼻声なんだということにしておいた。


あとは歌詞で特に気にいっているのは2Aかな。
敬愛するKIRINJIの堀込高樹氏が、どこかの記事で「まだ誰も使っていないようなワードを使うのが楽しい。"過払い金"とか(KIRINJI/雲呑ガール)」というような話をしていて、俺もそれしてみて〜って思ってた。

ideaの2Aでは"てまえどり"というワードから話題を広げてみた。流石にまだ使われてないんじゃないかな?もし前例があったら取り下げるので教えてください笑



サウンドやアレンジメントでとにかく気を遣ったのは「ポップすぎる表現をやめる」ということだった。

とかく私は、とてもポップなことが好きで、曲の中でわかりやすい変化や抑揚、ギャップがあれば良いと日々思っている。思っているのだが、この曲にはふさわしくないことだけは認識した。

サビのメロディも抑揚はあまりないが、それがこの曲をよく表しているなと思い、抑揚の無さが返って魅力を引き立てる仕上げにしたかった。つまるところ、この曲はとにかく余計なことをしないことを目指した。

ミックスもこの曲はアルバムの中でもっとも素朴なイメージに仕上がっている。くるりの「ばらの花」やふくろうずの「ごめんね」を参照してミックスを行った。

 
ただし、純朴さだけでは名曲にはなれないと思った。心の激情を誘うには、単調のなかに熱量が上がる仕組みが必要だと考えた。ループする中でどこかは変化する。変化したことが、また次の変化を生み出す。そんな仕組みだ。

ことさらに、ピアノは死ぬほどリバイスしてもらった。テイク数は何回まで行っただろうか。毎週毎週、労働を乗り越えて迎えた休日のスタジオで、せっかく作ってきてくれたフレーズを「んー、、なんかちゃうねん」という、世界で最も悪質なリアクションでこき下ろす。キーボードの清水くんには悪いことをした。でもどうしてもコレだけは妥協できず、その癖、鍵盤を弾けないわたくしは口でピアノを「言って」伝える、という奇行に走った。

そこは「ンァーー〜 ンナナナ」じゃなくて、「ンァーーー……はい、ンナナナ」みたいに期待を裏切って欲しいねん!

…困惑しながらも、何度もピアノフレーズを組み立てる清水。この曲を名曲に仕上げたのは間違いなく清水の努力そのものだ。

また、メンバー全員の曲へのイメージが揃えられたのも嬉しいポイント。あえてルート弾きに徹することで、ルート弾きじゃないパートがドラマチックになっちまうベースや、言葉が多くなくても存在の意味が強いフィルインで進行する説得力のあるドラム、少年のようで少女のような、子どものようで大人のような、あらゆる意味で「中性的」に徹されたボーカル。

ギターも地味に1サビ2サビラスサビと、変化させている。リフレインを多くするフレーズながら、徐々にダイナミックになるように構成する。同じ音の繰り返しがかさめば嵩むほどに、切ない気持ちになるのはわたくしだけだろうか。いつもの激し目ではないギターで自分のポップネスを昇華できたことは喜びであった。
 
特に気に入っておるパートは間奏です。ピアノとギターでダブルでソロをとっている。ギターはあえてかなりリバーブの効いた音像で。真っ直ぐ情熱を注ぐピアノの裏で、エモーショナルを掻き立てた。図と地がともに踊っている構図を目指した。

この螺旋の後、ラストサビとコーラスのアウトロがフェードアウトでエンディングに向かって走り続ける…。くらしは続くことを表現したかった。とても、とても気に入っています。


冒頭の話を繰り返すようだが、やっぱりアルバムの流れで聴いていただきたい。
そこには絶対的な意味を込めたつもりだ。
このアルバムのキーポイントがideaであり、そこから「変身」という曲があり、「ヒューマン」という曲に繋いでゆく。ここに魂が注がれております。



連続先行配信が続いたこの数ヶ月だったが、一旦それもおわり。

8/28、Major 1st album「モンスター」

たりない何かを求めるけものたちへ。
捧げる人生の讃美歌がここにあります。

乞うご期待あれ。


メジャー1st ALBUM『モンスター』リリースツアーの対バンゲスト第一弾発表!
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1st ALBUM『モンスター』Release Tour

2024年9月21日(土)大阪・心斎橋ANIMA
w/ フリージアン、and more

2024年9月28日(土)東京・渋谷Spotify O-nest
w/ インナージャーニー、and more

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