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SMよ、人生をひっくり返してくれ⑤ ”同業者”Aちゃんをアサイン

はじめてのSMバーに一緒に行ってくれそうな相手として、思い浮かんだのは、10年以上前に同じ会社で働いていたAちゃんだった。

我々は広告系の企業に勤めていたのだが、現在Aちゃんは別業種に転職をしてスタートアップ企業の後方支援のような仕事をしている。考え方も柔軟な今どきの働きマンだ。ちなみに私より年上だけど、淡くて可憐な花柄のブラウスがしっくり馴染むようなかわいらしさがあって、ほんわりとした話し方をする。

Aちゃんなら、私に今SMが必要な理由をわかってくれるかもしれない。
いつだったか、私が母から日常的に殴られて育ったという話をしたときに、Aちゃんは自分も似たような家庭で育ったと教えてくれたからだ。
Aちゃんの家には昔から鞭が置いてあって、何かあるとその鞭で打たれていたと言う。Aちゃんは、みんなの家にも鞭が常備されているものだと信じて疑わなかったらしい。

おお、ここにも同業者が!
我々は互いに手を取り合わんばかりの勢いで喜び合った。虐待経験者であることに加え、Aちゃんを誘いたくなった理由はもう一つある。半年ほど前、元同僚同士の飲み会でAちゃんから人間関係の悩みを相談された。そのときに、もしかしてこの人も怒りの感情をどこかに封印してしまったのでは――と感じたことがあったのだ。

怒りや攻撃性を他人にぶつける練習、そして暴力をふるう側の世界観を知る体験に、Aちゃんなら興味を持ってくれるかもしれない。

もし彼女が精神科などで治療を受けていたら、暴力的な体験によって症状が悪化するかもしれないので誘えない。でも、話をしている限りその心配はなさそうだった。

1週間ほど前の夜、単刀直入に〈SMバーに一緒に行ってみない?〉とLINEでメッセージを送ったところ、このnoteの記事の存在だけは知ってくれていたらしく〈仕事帰りの電車で読むね〉と返事があった。
Aちゃんの帰宅を待って電話をかけると「吉野さんの気持ち、めちゃくちゃわかる~」と第一声! Aちゃんはちょうどこの日、心にわだかまりのある出来事に遭遇し、自分が怒りを感じていることにしばらく気づかなかったという。SMバーにも乗り気の姿勢だ。

これで決まった!

しかしAちゃんは、「私は吉野さんほど具体的にやってみたい設定もないから、新しい世界をのぞく取材ぐらいのノリだけど……いい?」とちょっぴり心配そう。いえいえ、全然OKです! その場にいてくれさえしたら、私にとっては損保ジャパンかALSOKの人が隣にいてくれるぐらいの安心感がある。

お店のチョイスは任せてくれるとのことで、私はお店を次の4店に絞ることにした。これから行くかもしれない店の名を公開するリスクが不明なので、今のところイニシャルにしておく。

・エントリーナンバー1
池袋E
昔住んでいた池袋は、第二のホームタウンということで安心感がある。
こちらのお店は、店主さんがニックネームで名前を公表していて、店内ルールやお店の説明も丁寧。「中の人」の顔が見えるような温かさがあった。

・エントリーナンバー2
池袋G
SM体験ありと明記が。スタッフの中には、M男さん、M女さんも在籍しているとのこと。相手がプロならば、安心してぶつかりやすい!? 女王様は皆セクシーなボンテ―ジをお召しになっている。

・エントリーナンバー3
五反田M
M男おすすめの店という記事で発見。きっとMの方にも出会えるチャンスが多いに違いない。執筆者のM男さんによると、「オーナーはご夫婦でアットホームな雰囲気、SM仲間やSMの技術を知りたい人にもおすすめ」とのこと。人生相談にも乗ってもらえたりして。マンションの一室っぽく、女王様がボンテ―ジを来ているわけでもなさそうなのが、私の理想=日常・主婦っぽくていいかもしれない。

・エントリーナンバー4
錦糸町M
写真で見る限り、ここはすばぬけてきらびやかだった。店舗もビルの1階にあり、なんとなく安心感がある。フードメニューにもユーモアがあり、精神的にも健全に過ごせそうな気がする。

しかしネットで見ただけでは、我々のような人間が足を踏み入れてよい場所か、まだ確信が持てない。
私は、それぞれのお店に次のようなメールを送った。

はじめまして、SMバーの利用するのが初めての者です。
お店でできる体験について教えてください。

私は普段SMをしたことはありませんが、
幼少期に大人の暴力を受けていた経験があり、
今は逆に、他人に対して言葉で罵ってみたり、実際に踏んだりなぶってみたいという願望があります。

●●●●(店名)さんにお邪魔した場合、そのような体験をすることは可能なのでしょうか。

ちなみに、伺う際は、同じような過去を持つ友人も同伴する予定です。私も友人も女性です。
お忙しいところ恐れ入りますが、お教えいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

池袋の店主さんが名前を出している店は、その日のうちに連絡があり、他のお店は5日後ぐらいだったかな。いずれにしても、今日までに3件のお店からのお返事をいただくことができた。
もしかしたらどこからも返事が来ないかもとダメ元であったが、どの担当さんも丁寧にお店のことを説明してくださり、ちょっと感動した。

共通して言えるのは、SMバーで「同意」のあったお客さん同士がプレイをすることはあっても、店側が両者を紹介したり斡旋をするわけではないということ。では、どうやって「同意」をするのか。バーでナンパをする感覚なのか、もしくは居酒屋でたまたま隣に座った客同士が意気投合するような感覚なのか。行ったことはないが、噂に聞くハプニングバーという場所と似たようなシステムなのか。こればかりは、実際に行ってみないとわからないだろう。

しかし、「M男の日」や「公開調教」などイベントの日に合わせて行けば、M性癖の方も多く集まるので出会いの確率は高まるそうだ。各店舗のホームページでは、イベントカレンダーが公開されている。イベントはたくさんあって、タイトルを見ただけでは内容が想像つかないものもあった。

そして、オーナーが夫婦だと書かれていた五反田のMからは新たな提案が。
お店のTwitterか掲示板に「こんなことをしてみたい」という内容を添えて来店予告をしてみたら、それを「されてみたい」という人が狙って来てくれるかもしれないとのこと。

ここに、賭けてみようか。
唯一「SM体験あり」と書かれていた池袋のGからはまだ返事がないが、ここも気になる。しかし東京出張は目前。迷っているヒマはないのであった。

(続く)

カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!