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【小説】カホさんとポーターくん  🍃その5 僕なにしてるの?

気が付いたら動けなくなってずいぶん時間が立っていた。
もともと僕らはだれかが乗らないと動けない宿命なんだけど、今はそもそも動きたくても「動けない」状態になってる。
身体の感覚でわかる。

あれ、いつからこうなってたっけな・・・
薄くなっていく記憶をたどる。

一番最後に僕に乗ったのはだれだったっけ・・・あ、染子さん。しわしわの顔が浮かんだ。
そう、おばあさんの染子さんだ。
毎日僕と一緒に、山の傾斜にある畑まで出かけたんだ。
染子さんは普通の人よりうんと小さい。だから、僕に座ると窓から顔が出ない。いつもふかふかの座布団を持ってきてたな。座布団を置いて、その上に「よっこらしょ」と言いながら座ったっけ。可愛らしいかった。
荷台には鍬と鋤。たまに草刈り機。ごくたまに孫の藍ちゃん。
藍ちゃんは女の子で、僕の荷台が大好きだった。走らずに停まってるときもよく勝手に乗ってたな。荷台の上は藍ちゃんのおもちゃとかわいい草花がいっぱいだった。
そういえば、僕のこと「パンちゃん、パンちゃん」って呼んでた。耳が黒くて体が白いからパンダなんだって。そこまでかわいくないよ、僕は。

活動時間はもっぱら朝の早い時間。
都会の人は知らないかもしれないけど、夏の早朝は最高だよ。さわやかな風が吹き、音もなく青葉がさわさわと揺れる。僕の体内にも清涼な空気がいっぱい流れるんだ。遠い山の方からは鹿の親子の優しい気配、そしてたくさんの鳥たちのささやき。
そんななかを走るんだ。最高だよね。

あれ?いつから染子さんは僕に乗らなくなったんだっけ?
あ、そうだ、なんとかという病気になったんだよね。筋力の衰えてく病気。
「もうあんたには乗れんなあ」って僕の身体をさすってくれた。昔の人ってものを大事にするんだよね。大事にされると僕も張り切って壊れないように気を付ける。だから30年も大して壊れずに過ごせたんだ。

「さすがにこんな古いクルマ、だれも乗らんよなあ」
これは染子さんの子どもで藍ちゃんのお父さんの言葉。
そうだね、もう30年選手。クルマの寿命をとっくに過ぎてるよね。
まあ、普通の軽トラよりは大事にされた幸せな人生だったな、と思いながら、ここに来たんだ。

ここ・・・そうだ、クルマ屋さんにきたんだよ。僕。で、ここまでは自分で走ったけど、バッテリーを外されて、ガソリンを抜かれて、エンジンオイルも抜かれた。そのままここにいるんだ。もう10年くらい?人間のいう時間の概念はむずかしいけどそんな感じかな。おじいさん扱いがさらに大おじいさん扱いになって、もう部品取りにもならないんだよねえ。古すぎて他のクルマにも使えないってさ。

あ、クルマ屋のおじさんだ。おじさんも年取ったな。白髪が増えてるよ。
僕の方に近づいてくる。いよいよばらばらになるのかな。それともつぶされて四角くなるのかな。

「動くかな」
おじさんの声。動くわけないじゃん、僕もう10年も動いてないよ。
なにやらおなかのあたりを触ってる。あ、久しぶりの2ストオイルのにおい。うひゃひゃくすぐったい!何プラグ触ってるの。どうやらばらばらになるのかな。

「せーの」
おじさんが運転席に座った。久しぶりに人が乗ったねえ。何やってんだろ。あれ?チョーク引っぱってる?あ、キー指した!うそ?
『ぶるん』
ぼくがしゃべった。
「すげえ、かかるじゃん!さすが染子さんちの子!」
おじさんうれしそう。
でもそれ以上に僕はびっくり!えーっと、エンジン動いてる!おなか周りがぐるぐるしてるよ。うわー、きもちいい。

「キャブ車はいいよなあ。さらに2スト!最高」
『ぼうぼうぶるぶる』
ゆっくり僕は動き出した。タイヤも空気少ないからゆっくりよたよた。
クルマ屋さんの整備工場までよたよた走る。歩くスピードで。でも10年ぶりの「前進」はものすごく嬉しい。
『ぶるん』
止まった。

「さて、ポーターキャブ。いまからあんたをちゃんと走れるようにする」
おじさんが信じられないことを言う。
「俺も信じられん」
まるで僕に答えるようにおじさんが答える。
「乗りたい人がいるんだ。だからまたがんばってくれ」
うへー、どういうことだろう。でも嬉しいな。
「しかし直し甲斐があるな。今どきの若いメカニックじゃさわれないよな・・俺は大丈夫だけど」
独り言で自慢してる。楽しそうだ。にやにやしてる。
「色も塗っちゃお。赤字だけど」
「タイヤは10インチのミニのでもいいか。赤字だけど」
「ラジオも変えよう。ちゃんと聞こえるヤツに。赤字だけど」
独り言が止まらない。


こうして僕は復活することになった。一体どんな人が乗るのかな。マニアなおじさんかな。まあ、染子さん以上の人はいないだろうけど、贅沢は言えないね。

楽しみ楽しみ。


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