【短編小説】今日も妹に慰められる


「好きです付き合ってください!」

「ごめんなさい。面白い人だとは思うけどシスコンはちょっと無理です」

 この間わずか二秒。あまりの即答に俺・寿人ひさとは膝から崩れ落ちた。

 彼女は足早に去っていき、俺はひとり中庭に残された。頬を撫でる秋風がやけに冷たい。

 全身全霊で臨んだ告白を断られ心身ともに凍えていると、校舎の陰からゲラゲラと笑いながら小学校からの友人・幹人みきとが現れた。

「いやあ、まさかあんな一瞬で決着するなんてな。フラれるにしてももう少しかかると思っていたんだが」

「なんでフラれる前提なんだ。友人なら成功を祈ってくれよ」

「そりゃ、中学のころから通算で二十回もフラれてるところを見てりゃ、成就するなんて思えねえだろうよ。しかも理由も一緒ときた」

「ぐぬぬ、げせない……」

 悔しさのあまり唇を噛む。

 そんな俺の姿を見て、再度幹人は「おもろ」と腹を抱える。なんと薄情な友人だろうか。

「というか、だ。俺はシスコンじゃないぞ。なのにどうして口を揃えてシスコンだから無理って答えるんだ!?」

「いや、シスコンだろ。ことあるごとに報告してくるし、機嫌がいいときはだいたい妹ちゃんがらみだし」

「いやいや、普通だろそのくらい」

「お前の普通の基準ズレすぎな。まあ友人としては別に悪いことだとは思わねえけど、恋人つくりたいなら発言は自重したほうがいいんじゃねぇか」

「ぐぬぬ……」

 世の中の理不尽を感じていると、ひゅうと強く風が吹いた。赤みが強かった日差しも暗くなり始めていて、先ほどよりもいっそう冷たく感じる。

「さむ。なあ、そろそろ帰ろうぜ」

「ああ――ってべつに先に帰ってもよかったんだが?」

「なに言ってんだ。こんなおもしろイベントはリアタイで見るに限るだろ」

「お前本当に友人か?」



 帰宅した俺を迎えたのは、ミルキーな甘い香りだった。

 洗面所で手を洗ってからリビングに入ると、ソファーに座ってテレビを見ていた妹・奏多かなたが立ち上がってトコトコとやって来た。

「おかえりお兄ちゃん。今日は遅かったね」

「ただいま。まあ、ちょっとな」

 またフラれた、なんて答えるのは恥ずかしくて濁すと、奏多は察したように優しい笑顔を浮かべた。

「そっか、残念だったね。でもお兄ちゃんのことを好きになってくれる人は絶対にいるから、あきらめずに頑張ろう?」

「ああ、ありがとう奏多……」

 間髪入れずにフォローしてくれる奏多のやさしさに涙腺が刺激される。

「ところで、今日の夕飯はシチュー?」

「そうだよー。今日はわたしも手伝ったんだ。野菜切ったんだよ」

「おおー! えらいぞ奏多ー!」

 フォローのおかえしと全力で頭を撫でてやると、奏多は「ひゃー!」とまるで小さな子どものように楽しそうな声を上げた。

「えへへ。あ、そうだ。お父さんが帰ってくるまで時間あるから、いつもみたいに慰めてあげよっか?」

 すっかりボサボサになった髪を気にする様子なく奏多は尋ねてくる。

 最初の頃に比べてば全然傷心していないので慰めてもらう必要はなかった。しかし奏多にはつい甘えてしまう、母性ともいうべき引力があった。

 俺はうなずいて、奏多と一緒に部屋に向かう。

 鞄をベッドの側に置いてから、おもむろに奏多とハグをする。じんわりと伝わってくる仄かな体温に安らぎを覚えた。もはやクセになっているかもしれない。

 しばらく奏多とハグをしていると、聞き慣れた駐車音が聞こえてきた。どうやら父さんが帰ってきたみたいだ。

「どう? 元気になった?」

「ああ、バッチリ。ありがとう、奏多」

 奏多はにっこりとほほ笑んで部屋を出て行った。

 俺はシスコンじゃないけど、すっかり奏多の存在に依存しているような気がした。

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