【短編小説】妹の恩返し

「おかえりなさい、お兄ちゃん♪」

 笑顔で迎えてくれた妹――エリちゃんに俺は同じく笑顔で応える。

 先に断っておくが俺は一人っ子で妹どころかきょうだいはいない。

 なら彼女は何者か。それはズバリ、妹カフェの店員である。

 簡単に説明すると、妹カフェとは店員が妹を演じて接客をするコンセプトカフェのことだ。客はすべからく彼女たちのお兄ちゃんないしお姉ちゃんとなり、時間制で妹に奉仕してもらえる。

 ちなみに初入店の際にどう呼ばれたいかを尋ねられる。デフォは『お兄ちゃん』と『お姉ちゃん』。俺は呼び方にこだわりがなかったのでデフォのままだ。

 そして俺、佐々木ささき基樹もときはこの店の常連である。とはいえ頻度は週一と少なめ。

 まあ会えない時間があってこそありがたみが増すし、毎日のように通っていてはありがたみも薄れるというものだ。

 案内された席に座り、お気に入りである『妹の愛情たっぷりオムライス』を注文する。それに追加オプションで『お疲れさま』のメッセージもお願いする。

 中には『大好き』など書いてもらう人もいるらしいが俺は違う。仕事に追われるお兄ちゃんとしては、愛の言葉よりも『お疲れさま』のほうが心にしみるのだ。

 それに、妹に愛の言葉を要求するのは解釈違いというか、ちょっと家族に求めるものとは違う。

 ケチャップで書かれたメッセージとともに口頭でも労いの言葉を頂戴した俺は、幸せ気分でオムライスを食べる。

 うん、ウマい。味は普通だけど、家族の温かみを感じる。

 そのあとはドリンクを頼んでエリちゃんとの会話を楽しんだ。仕事の愚痴や家でのトラブル。あとは趣味や最近あった面白いことなんかを話した。

 三十分だけ延長して心ゆくまで満喫した俺はさらなる延長がかからないうちに会計を済ませた。

「いってらっしゃい、お兄ちゃん♪」

 これが俺の週末の楽しみだ。


 それからコンビニに寄って明日の朝食を買って住んでいるマンションまで帰ってくると、玄関前に落ち着きのない女性が立っていた。鞄を漁っては首をひねっている。

 うーむ、もしかしてカードキーがないのか?

 俺の住んでいるマンションはオートロックで、入るにはカードキーで解錠する必要がある。安全度は高いが、カードキーを紛失した場合はいろいろ面倒だ。

 管理会社に連絡すれば入れるけど、サポートサービスに加入してないと二十四時間は対応していない。

 現時刻は夜の十一時半。うちのマンションは任意だったから、彼女が加入していない可能性は十分にある。

 さて、声をかけるべきか否か。

 同じマンションの住人だし話せば通報されることはないだろうけど。

 しばし考えて、俺は声をかけることにした。

「あの、大丈夫ですか?」

 なるべく自然に、不審者と間違われないよう堂々とした態度で。

 すると女性は肩をビクッと跳ねさせて、ゆっくりとこちらを向いた。

「「あ」」

 目が合った瞬間、二人して声を上げる。

 おいおい、嘘だろ?

 そう思わずにはいられなかった。なぜなら初対面だと思って話しかけた相手が、先ほどまで話していた相手だったのだから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いや、これはこれでマズいのでは?

 コンカフェの客と店員で、つい先ほどまで話していた。この状況を踏まえるとストーカーを疑われても無理はない。

 現に彼女――エリちゃんは若干警戒するように身を引いてジッとこちらを見つめている。

「さ、先に断っておくけどストーカーとかじゃないから。俺、ここの住人ね」

 俺はポケットからカードキーを出して見えるように掲げる。

「キーケースに名前も書いてるし、ほら」

 裏面も見せると彼女は頷いた。

「疑ってすみませんでした」

「いやいや、当たり前の反応だと思うから気にしないで。――それより、カードキーなくしたの?」

「いえ、たぶんお店のロッカーに忘れてきたんだと思います。ただこの時間だともう締ちゃってて……」

「なるほど、それは困ったね。ちなみに部屋の鍵のほうはあるの?」

「はい。そっちはあります」

「なら、ひとまず今日は俺と一緒に入ろうか」

「あ、ありがとうございます」

「困ったときはお互い様っていうし、普段お世話になってるからね。気にしないで」

「いえ、本当にありがとうございます。今手持ちがあまりなくてどこかに泊まるのもキツかったので、本当に助かります」

 彼女はもう一度頭を下げてから、お店のときとは違うちょっと大人びた笑顔を見せた。

「ところでその袋は?」

  エントランスでエレベーターを待っていると、突然彼女が話しかけてきた。

「明日の朝飯だよ」

「ああ、なるほど。自炊はしないんですか?」

「はは。お恥ずかしながら料理は苦手でね、ご飯はコンビニかスーパーのお世話になってるよ」

「そうなんですか。栄養バランスとか気をつけてます?」

「えっと、あはは」

 痛いところを突かれ苦笑すると、彼女はジト―とした目を向けてくる。

 そんなうちにエレベーターが到着する。そのあとは俺が三階ですぐ降りるということもあってこれといった会話もなかったが、別れ際。

「おやすみなさい、お兄ちゃん♪」

「ああ、おやすみ」

 お店では聞くことのないサービスセリフをもらった。人助けもしたし、今日はよく寝れそうだ。


 このときはまだ、彼女との関係が変わるなんて思ってもいなかった。


   ◇ ◇ ◇


 翌日の昼前。それは起こった。

 昼飯どうしようかと考えながら部屋でダラダラしているとインターホンがなった。しかもエントランスのほうからではではない。

 昨日のこともあって、訪ねてきた人物が誰かすぐにわかった。

 恰好を確認してからドアを開けると、思った通りエリちゃんが立っていた。両手でエコバッグをさげている。

「えっと、おはようでいいのかな?」

「もう昼前ですけど……まあ、おはようございます。昨日はありがとうございました」

「どういたしまして。カードキーは?」

「取りに行きました。やっぱりロッカーに忘れてましたよ」

「ちゃんとあったんだ、よかったね」

「はい。それで……よければ恩返しさせてくれませんか?」

 まあ、そんなことだろうとは思っていた。

 昨日の受け答えから真面目な性格なのはわかっていたので予想はしていたが、まさか本当に来るとは。

「ちなみに、それの中身が恩返しに関係してたりする?」

 エコバッグを指さすと彼女は「鋭いですね」とうなずいて中身を見せてきた。中には野菜や鶏肉などの食材が入っていた。

「自炊しないと言ってたので、せっかくなのでお昼でも作ろうかと」

 昨日の警戒心はどこへやら、彼女はためらう様子もなく「入ってもいいですか?」と尋ねてきた。

「え? その、君のほうは大丈夫なの?」

「佐々木さんは優しい人だと信じてるので」

 そう言われるほどなにもしてないけれど、実際変な気を起こすつもりはない。

 まあこの一回で終わるだろうし、問題ないないだろう。

 そう思って俺は彼女を部屋に招いた。

「……微妙に散らかってますね」

 部屋に入って第一声がそれだった。

「さ、最近忙しくてね」

「なるほど……わかりました。なら、掃除もさせてください」

「え? いや、それはさすがに悪いよ」

「いえいえ、私がやりたいので。あ、そうだ」

 彼女はなにか思いついたのはポンと手を叩く。

「昨日のお礼に、これから佐々木さんのお世話させてください!」

「ちょっと待って。それは本当に遠慮するよ」

「気にしないでください。なんなら妹としてお世話しますよ?」

「……いやいやいや! 一回冷静になろう? そこまでするほどのことはしてないよ」

「そんなことないです。佐々木さんがいなかったら私は公園で一夜を過ごすことになっていたかもしれないので。というわけで私に佐々木さんの身の回りの面倒を見させてください、お兄ちゃん♪」

 なんとも強引な恩返しに、俺は頬をひきつらせた。

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