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血色の良いのっぺらぼう

月経がはじまって5年経ったころだろうか。私の顔はつるつるしたのっぺらぼうになった。

縦横無尽に遊ぶ眉毛も、がんばった証の口ひげも、ある日を境に姿を消した。
ねえ、知ってた?アヒルの子と同じように、女の子にも生え変わりがあるんだよ。子どもの毛は経血といっしょに、シャワーで流れるの。だから、ほら。今の私はこんなに綺麗。目に入れても痛くないでしょ。
そんなお話を、彼が眠るまでゆっくりと言い聞かせる。安心しきった可愛い寝顔。そら寝じゃないことを必死に祈る。怖い夢を見ないように、鋭利な刃と鮮烈な光を持つ魔女の話はカットした。無防備ないびきを3小節聞くと、いそいそとバスルームに向かう。
控えめに置かれたアメニティから、最も鋭利なひとつを取り出す。目の周りと頭頂部を除いて、すべての部位にそれを当てる。脅迫。駆逐。悲鳴を閉じ込める甘いクリーム。消えたんじゃない。私が消した。それでも図太く生き返る。私の身体で唯一生きているもの。
ずっと昔から、魔女の登場は坊やが寝静まってからと決まっている。

3年前から棲みついた、外来種のアメーバについて。
早い人は15歳になる前に、遅い人でも20歳までに、多くの人は顔面にアメーバを飼う。彼らはこどもの毛の抜け跡に棲み、光に反応してつやつや輝く。色も量もまちまちで、変種が絶えず生まれ続けている。
ねえ、知ってた?青と黄色とその中間の培地のこと。わたしは青い培地を持っているから、ピンクやラベンダーのアメーバにモテモテなの。あなたは黄色い培地を持っているから、オレンジやゴールドにモテモテね。え?気持ち悪くて飼えない?あらそう。
そんな都市伝説をおかずに、彼と白米を食べる。丁寧に噛みしめる、頑丈そうな下あご。米の甘みを損なわないように、特別な薬を持った怪物の話はカット。
顔面の外で生まれ、顔面の中でしか死ねないアメーバの悲しさ。夜が来るまでなかったことにされる眉毛や口ひげの怒り。彼が知ることはきっとないし、知らなくていい。

のっぺらぼうに棲むアメーバに、彼が可愛いねとキスをする。そのままの君を見せてよ、と耳元で言う。
そのままの私?経血と子どもの毛といっしょにシャワーで流れちゃったよ!
彼の耳元に、距離に見合わない大声で叫ぶ。いたずらっ子の顔を取り戻すように、とびきりの笑顔で。その一瞬。彼の目は沈んで空洞になる。許容量を超えた落胆、細く走る苛立ち、愛しさの残滓が眼窩を埋める。私は見逃さない。なんちゃって、とささやいて、彼の両目をそっと戻してあげる。
彼の顔が安堵にふやけたら、いたずらっ子は旅に出る。笑顔で子どもを殺す魔女の居場所を、彼女だけが知っているから。

私はかわいいのっぺらぼう。魔女も怪物も塗りこめて、甘い香りに溶かし込む。
彼はかわいそうな赤ん坊。魔女も怪物もない夢の中、無菌の飯を求め続ける。

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