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アメジストの魚5-1

苦しい、悲しいと叫ぶ彼女の透明な声が僕の胸を刺した。

無力なこの腕は、今はただ彼女が泡になってしまわないように抱きしめることしか出来なかった。

代替品の僕では君を救えないだろう。
心の中のもう一人の僕がそう言っている。
もしかしたら僕の想いは君の負担にしかならないかもしれない。

だから、これは傲慢なエゴで自己満だ。

「それでも僕は要の事が好きだよ」

「…駄目だよ、そんなの。」

「駄目なことなんてない」

「私は茅尋を幸せには出来ないよ。茅尋がどれだけ私に心をくれたって同じだけの心を私は返してあげる事は出来ないの。」

「それでもいい」

「いいわけないでしょ…っ。」

彼女が僕の身体を押し返す。

「そうやって自分の心すり減らして私の側にいたって何にもならないんだよ…!?」

「僕が要のそばに居られる」

「何の意味もないよ、そんなの…っ。」

「要にとってはそうかもしれないけど、僕には大事な事だよ」

「私はもう嫌なの!私のせいでまた誰かが壊れちゃうのもそれで傍にいられなくなるのも…!」

「壊れないし、要を独りになんかしない。約束するよ」

「嘘。」

「嘘じゃない」

「だったら、私から何も返って来ないって分かってて茅尋は傷つかずにいられるの?」

「もちろん」

彼女に向けた言葉が歪んでいる気がした。傷つかないわけがない。僕の心はそこまで強くない。

ズキズキとした鈍い痛みが体も心も侵食していく感覚がして、本音の中に混ぜた致死量の自己犠牲が僕自身を殺そうとしているみたいだった。

(きっと、こんな歪な愛し方しか知らないからいつも何も残らないんだろうな)

分かっているけれど、それでも僕にはこれしか残っていないから今更どうしようにも答えが見当たらなかった。

「ねぇ、茅尋。」

「ん?」

「好きって何?茅尋の私に対する好きって何なの?」

俯いたまま呟く要の声はか細く弱い。そんな姿を見てこの胸はただ痛むばかりで何も生み出してはくれなかった。

「僕は、」

そこまで言って言葉に詰まる。

どう言葉にしたら彼女に届くのだろう。いつもの僕ならなんて答えていたんだろう。

分からないけれど、それでも彼女に伝えるとするなら…。

「どんな形でも要が幸せだと感じる時に傍でそれを見ていたい」

偽善的でもこれが精一杯の本音だった。

「想いが通じなくても、恋じゃなくても、痛みが伴うとしてもそれでもいいと思った。だから僕は今ここに居る。これはただの僕のわがままなんだ」

そっと手を握る。
次は痛くないように優しく。

僕が一方的に握った彼女の手はこれ以上力を込めたら壊れてしまいそうで、握り返してもらおうなんて求めすぎだって、分かっていた。

それでも、今は傍にいることを許して欲しいと思う。笑ったり泣いたり、時々怒ってみたりして。そういう他愛ない彼女の日常の中に僕もいたいと思ってしまうから。

(ただ、勇気が足りなくてこの気持ちを言葉にするにはまだ時間がかかると思う。それでもいつか、きっと話すよ。)

「ごめん…、ごめんね。」

そう言った彼女の涙が僕らの手を濡らした。


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