見出し画像

アメジストの魚4-2

「茅尋。」
ぎゅっと掴まれた右手が少しだけ痛い。

「…」
何も言わず離れた手。
薄らと残った体温だけがそこにあった。

「ちゃんと話すね、私のこと。」
そう、ちゃんと話さなければいけない。
きっと私はまた彼を置いて行ってしまうから。

「もう気付いてると思うけど、私も同じ病気なの。」

「…いつから」

「茅尋に出会う前だから5年くらい前から、かな。」

きっともう会うことは出来ないであろう幼馴染の事を思い出す。茅尋に彼女の事を話す日が来るなんて思いもしなかった。

「私ね、陽(ひかる)っていう幼馴染がいるの。すごくすごく大事な人だった。ううん、今も大事なんだけど。」

彼女の名前を口にするだけで頭がぐらぐらした。

「陽はね、優しいから弱虫な私の事ずっと守ってくれた。いつだって私のヒーローだった。」

それなのに私は、

「苦しんでる時に救えなくて、」

言葉が詰まる。

「それで、あの、」

違う、なんで、ちゃんと言わなきゃ。

「大丈夫だよ、要」
茅尋はそう言って私を抱き締めた。その声は柔らかくて温かい。
「ゆっくりでいいよ、待ってるから」

「う、ん。」
一度突き放した私にさえ変わらない温かさに堰を切ったように涙が溢れた。

優しくなんてして欲しくないのに手放したくなくて気持ちがぐちゃぐちゃになる。

「陽のこと、ね。近くに居たのに、気付いてたのに。きっと助けてって言ってたのに、逃げたの。陽の優しさに甘えて、逃げて壊しちゃった。」

「うん」

「好きな人の心を自分可愛さに救おうともしなかった。だから罰が当たったの。」

彼女が私の前から姿を消したのは彼女が入院してしばらくしてからの事だった。

「好きだった、一緒に居たかった。あの子の隣は私が良かった。でも、支え合って生きていくには私は弱すぎて。」

満たされない心が、叶わない恋がずっと私を蝕んで気付いたら私の体は泡になりたがっていた。

「だからね、分かんなくなっちゃった。好きとかそういうの。」
嘘、本当は怖いだけ。

「それでも頑張って生きてきたんでしょ、偉いよ。」

私の頭を撫でながら茅尋は言う。
えらい?私が?ずっと逃げてきたのに。今だって逃げているのに。

「違うよ、そんなんじゃない。」
弱々しく呟くと、声はもう私のものじゃなくなっていた。


この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,624件