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アメジストの魚。6-1
国道112号線を走る。視線の先には太陽の光に照らされた青がどこまでも広がっていた。
頬を撫でる風は少し痛いくらいで、茅尋の背中の温度に妙に安心感を感じるのはきっと冬の寒さのせいだ。
駐車場にバイクを停めて、近くにあった自販機に百円玉を二枚落とす。ボタンを押すとガコンという音がして、私は二人分の缶飲料を取り出した。プルタブを開けて口に含むとカフェオレのほろ苦さが口に広がって吐き出した息がほわっと白く宙を舞った。
シーズンの外れた海岸は人の気配もなく閑静で少し寂しげな雰囲気を纏っている。
靴を脱いで波打ち際を裸足で歩くと寄せては返す波が足元の砂を掬っていった。攫われた砂達が名残惜しそうに指の間をさらさらと撫でてくすぐったい。
茅尋の方へ視線を向けると缶を片手に海を眺めていて、その横顔がなんだか映画のワンシーンみたいな気がした。
(…。)
「どうしたの?」
と、私の視線に気付いた茅尋が眉を下げて笑ってこっちを向く。自分でも気付かないうちにじっと見過ぎていたらしい。
「えっと…、何でもない。」
「本当に?」
「本当に。」
「そっか」
茅尋はそれ以上詮索する様子もなく、缶コーヒーに口をつけた。海水の冷たさに指先が限界を迎えようとしていた私は、靴を人差し指に引っ掛けてから茅尋の隣に座る。カフェオレはとっくに冷たくなっていた。
「要はさ、なんで海だったの?」
2人で海をじっと眺めていると、茅尋が不意にそんなことを聞いた。
「何でって何が?」
「急に海に行きたいなんて珍しいなって思ってさ。他にも色んなとこ候補にあっただろうに敢えて海なのは何か理由があるのかなって。」
理由なんて無かった。海に行きたいだなんてただの思いつきだ。心許ない細い糸の様な彼との明日を手繰り寄せる為だけの突拍子もない思いつき。
消えたいと思っているくせに独りは嫌で、応えられるはずのない好意に甘えて安心しようとするなんてとんでもない我儘だという事は自分が一番分かっている。
それでも、きっとこれが最後になるかもしれないから。一欠片でも良いから茅尋の中に私を残しておいて欲しいと思った。傍から見ればそれだって十分我儘だろうけど。
「映画の影響、かな。」
本当の事は言えないから適当な理由をつけてみる。
「映画?」
「ほら、一緒に観た映画に海出てきてたでしょ?主人公とヒロインが海に入ってはしゃいでたやつ。」
「うん」
「なんかあのシーン見たらね、いいなぁって。来たいなって思ったの。」
「なるほど。思ってたより無難な理由で安心した」
そう言うと茅尋は飲みかけの缶を空にしてから、おもむろに持参していたカメラを私の方へ向けてファインダーを覗いた。
「ちょ、いきなり撮らないでよ。」
「まだ撮ってないよ、覗いてるだけ」
「それでもいきなりそれされると落ち着かないよ…。」
「要だって僕の事こっそり見てたくせに?」
「そ、そうだけど、カメラはなんか…。」
「好きじゃない?」
「そういう訳じゃないけど、今日はメイクもろくにしてないから何か抵抗があるというか…。」
「綺麗だよ、どんな要も」
「え…。」
一瞬思考が止まる。普段ならそんなキザな台詞をさらっと言ったりしないのに。
不意にそんなことを言い放った茅尋の顔は、カメラが邪魔をしていてよく見えなかった。
「急に何…?」
「思ったから言っただけ」
「へ、へぇ…。」
彼の瞳にはまだ私は綺麗な形で映っているんだと思うと少しだけ胸が締め付けられる感じがした。この苦しさが何なのか、私には分からなかった。
「恋は盲目ってやつだね。」
冗談に本音を混ぜてそう言うと、
「そうかもね」
と言って茅尋はシャッターを切った。