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アメジストの魚。6-2

―恋は盲目。―
茅尋は私が思っているよりもあっさりとその言葉を肯定した。自分から言った言葉なのに、肯定されたことに対して居場所のない不快感が熱を帯びる。

「ねぇ、茅尋。」

駄目、君だけは。
もう狡い私を捉えてしまったんだから、君だけはちゃんと私を見て。視て。お願い。

「一緒に、」
「嫌だよ。」
茅尋が言葉を遮る。
寄せては返す波の音が僅かな沈黙を作った。

「…まだ何も言ってないじゃん。」
「どうせ要の事だから物騒な事でも言うつもりだろ?」
「そんな事ないもん。」
「ふーん?」
「な、なに…。」
「まだ死なないよ、要のお願いでも。」

再びシャッターが鳴って、レンズの先は空を仰いだ。

「そこまで考えてないし。」
「そうなの?」
「そうだよ、失礼しちゃうなぁ。私、まだそこまで死にたがりじゃないよ。」
「知らなかった」
「怒るよ。」
「ごめんごめん」

さざ波が広がる。夕陽はもう水平線の向こう側へ沈みきってしまいそうだった。

あの眩い程の茜色は何処へ帰るんだろう。
暗い暗い海の底だろうか。

「ねぇ、私の事ちゃんと見て。」
気が付いたらそんな言葉が口から零れていた。

「どうしたの、急に」
「忘れて欲しくないからちゃんと全部見てて。目、逸らさないで。」

カメラから視線を外した茅尋の瞳に夕景が映る。

「忘れないよ」
「綺麗な部分だけじゃなくて全部だよ…?」
「うん」

同じ様な言葉を繰り返す私は駄々をこねる小さな子供の様で、子供じみていて茅尋を困らせるだけだと分かっているのに一度口から零れた感情は止められない。

「面倒くさくないの…?」
「うーん。面倒くさいよ、すごく」
「ごめん…。」
「でも、要のそういう所も僕は好きだよ」
「変なの。」
「盲目だからね」
「それ、嫌だ。」
「嫌?」
「だって、恋が終わったら好きじゃなくなりそう。」
「大丈夫だよ」
「茅尋の大丈夫は信用してない。」
「酷いなぁ」
「嘘、ちょっとだけ信じてるよ。」
「良かった。安心した」
「ちょっとだけだからね?」
「はいはい」

ねぇ、茅尋。
私は君を深く抉る消えない傷になりたい。

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