セミの日記

 夕方にインターホンが鳴る。玄関に出ると、ネットで購入した商品の配達だった。いつも宅配してくれる運送屋のお兄さんがいるのだが、なぜだか今日は背の低くて声の甲高いおじさんだった。配達品を受け取ってサインをすると、配達員は覇気のない声で、ありがとうございました、と頭を下げて去っていった。扉を閉める間際、トゥクトゥクトゥク!、と奇妙な鳴き声のようなものが聞こえたのが気になった。マスクで顔が隠れていてよくわからなかったが、かなり顔色もわるかったようだし、不思議なおじさんだった。

配達物は絵本だ。
ショーン・タンの「セミ」。
さあ、早速読んでみようか、と思ったけど、その前に妻を起こさないといけない。夜勤明けの妻は早朝に帰ってきてから夕方の今までずっと眠っている。ほっとけばこのままずっと眠り続けるだろう。そろそろ起こさないと。

 寝室ですぴーすぴーと気持ち良さそうに寝息を建てている妻の肩を揺する。眉をしかめて眼を開けた妻は開口一番に、絵本あるじゃん読んでよ、と言うので読み聞かせをすることになった。せっかくなので息子も呼ぶ。絵本が好きなのでノリノリでやってくる。

 僕は絵本を二人に向かって開きながら音読する。子供の頃から音読は得意だ。よく小学校の先生から誉められていた。絵のトーンや登場人物の心情を察してボリュームやトーンにグラデーションをつけて音読するのだが、この絵本の場合、抑揚や変化をつけずに読むのが正解だと思う。

 暗い背景、精緻なタッチで描かれた"セミ"、陰鬱なストーリー、そして、終盤の展開……。

 この絵本には強烈な風刺があるという前評判はネットでみて知っていたが具体的なネタバレはされていなかったのでこういう話なのは予想外だった。はじめ、僕はこの話の意味を最初は、不幸な男が不幸なまま終わったのか……?、と違和感を残したまま結論づけようとしたが、読み直してから5分後に全く解釈が変わる。ああ、こっちの解釈のほうがしっくりくる。こういうことか。だから、最後のセミのセリフが成り立つのだ。
最初から素直に読んだほうが、すんなりと頭にはいるストーリーなのかもしれない。

 この絵本を読み終わった後、妻はずっと首を傾げていたので僕の解釈を教えてあげた。すると、妻の首はまっすぐに直り、その後、逆方向に傾げる。まだ納得のいかないようだ。
息子は絵本のセリフ回しが気に入ったらしく、しばらく真似して遊んでいた。

 とうさん よむ セミのえほん

 ぼく いう セミになりたい

 トゥクトゥクトゥク!

この記事が参加している募集

読書感想文

最後まで読んでくれてありがとー