鳥(ペンギン)

 その日は、朝から嫌な予感がしていた。


 さわやかな朝ではあった。太陽は庭の芝生に適度な陽光をあびせ、風は強くもなく弱くもない力加減でウォーキング中の老人たちに対しての快適なサービスをわきまえていた。
そして、聞こえてくるのは子供たちが庭ではしゃいでいる声。まったくこの上なくさわやかな朝ではないか? ただし、小さな子供たちと一緒に遊んでいるのは、わが最愛の妻ではなく、ペンギンだった。


 夢かと思った。でもファンシーで平和的な夢だ。とうてい悪夢とは呼べない種類の夢だ。パジャマのまま庭を臨む窓の前で呆然としていると、おはよう、と妻に声をかけられた。
「今日は早いのね。朝ごはんはどうする?」
休日は昼まで眠るわたしは、朝食を食べない習慣だった。わたしは庭から目を離さないままで、ああ、じゃあ、コーヒーだけもらえるかな? と返事をした。返事をしたあとで、妻にこの状況を教えるべきではないかと思い当たって「あの、ほら、庭に……」といいかけたところで「ああ、ペンギンのこと?」と出鼻をくじかれた。ひとの話を最後まで聞かないのは君の悪癖だぞ、と軽く説教でもしてやろうかと頭をよぎったが、朝から説教というのはあまりいい感じがしないと思い直したのと、それよりなによりペンギンが気になったので妻が話すのに任せることにした。
「今朝ね、子供たちの笑い声で目が覚めたの。なにかと思って起きだしたらもうこの状態だったわ。珍しいよね。ペンギンなんて」
 思いのほか情報が得られなかった。子供たちをペンギンから離したほうがいいんじゃないか? 危ないんじゃないか?
「え? そう? 大丈夫でしょ。ペンギンだし」
妻の無責任とも思える言葉に軽く憤りをおぼえたが、庭にいるよちよち歩きのペンギンをみると、妻が楽天的な意見をもつのももっともだと思った。しかし……。
「ここは日本だ。関東地方だ。野生のペンギンがいるはずはない。これは異常事態だ!」
 異常事態であるからには最悪の状況を想定するべきだ。ペンギンが子供たちに噛みつくかもしれん。子供たちをペンギンから離すべきだ! そうだ、毒があるかも! あれは毒ペンギンだ! 
「え? ペンギンって毒あるの?」
……いや、ないと思う。
「あんまりさぁ、テキトーなことは言わないでよ。子供たちが聞いてたら本気にしちゃうでしょ?」
……はい、ごめんなさい。
反射的かつ習慣的に謝ってしまったが、これはこれでよいだろう。議論するだけムダというものだ。負けるが勝ちという。思い込んでしまった妻を説き伏せるのは至難の業だ。それよりも良い方法がある。
わたしは、健康サンダルをはいて庭におりたつ。

「おい!」
わたしは庭の中央に仁王立ち。覚悟を決めて目をかっ開く。さあ!こい!毒ペンギンどもよ!
キョトンとする子供たちとペンギンたち。
すると、一匹の子ペンギンがよちよちとわたしの足元までやってきた。
わたしのズボンの裾にくちばしをちょん、とぶつけ、わたしを見上げる。
「きゅいー。きゅいー?」
わたしの心は鷲掴まれた。ペンギン最高!かわいいは正義!
わたしとペンギンたちが友達、いや、家族となるまでは一瞬だった。

リビングからTVの音声が聞こえる。
『……全国各地でペンギンのような動物が大量発生しています。その数、危険性は調査中ですが、関係省庁は不用意に近づくと危険があるとして注意を呼び掛けています。さて、スタジオには動物学者の舟田守也教授にお越しいただいています。さあ、この状況は……え?ちょっとちょっと席から立たないで……毒じゃあ!そのペンギンモドキは猛毒じゃあ!!いますぐ避難せい!!……』


最後まで読んでくれてありがとー