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河童の川下り【ショートショート】

「どうだ、そろそろお前も一人でやってみるか。普通は素人から鍛えたら5年はかかるが、お前は飲み込みが早い。まだ3年しか経ってねえが、川の呼吸にちゃんと同調しとるのが分かる。」
河童の船頭が、キュウリの船を操りながら、河之介に話しかけた。急流を越えて、流れがゆるやかになったところは、淵と言う。ゆっくりと水面を漂っていると、心もほぐれて、口調もやさしくなるようだ。

「え、いいの?」
「ああ。その前に、ひとつ聞いておきたいことがある。試験と言うわけじゃないが、お前が、川を下る時に気を付けていることは、何だ?」

河童の川下りは、この山の名物。速い流れの瀬では、ジェットコースターのように水の上を滑り、淵に入ると陽の光をキラキラと映す波の上をゆりかごのようにたゆたう。緩急のある動きと涼しく澄んだ空気が、心を元気にしてくれると話題になり、一年後まで予約が埋まっている。河之介は早くに親を亡くして祖父母の元で育てられていたが、少しでも早く社会に慣れさせてやりたいという想いで3年前に船頭のところに預けられ、住み込みで修業をしていた。

「え、気を付けてること?難しいなぁ。おじさんが教えてくれたことはしっかり守ってるよ。竿の持ち方とか、足の踏ん張り方とか。」
「おう、そうだな。基本を守れないと、バランス崩して船がひっくり返っちまう。でも、それだけじゃないだろ?いくらバランス良く乗ってても、力任せに漕いだんじゃあ、うまくはいかねぇ。」

船頭は、そう言うと、空を眺めた。川の両側には森が生い茂り、緑の葉が風に揺れている。ちょうど川幅に沿って切り取られたように、青い空が見えている。

「お前も知ってるだろうが、うちの倅も船の上達が早かった。ほとんど失敗しねえで、船を操る技を覚えたよ。でもな、ちょっと調子に乗っちまってたんだな。大雨の日、荒れた川を見て、こんなんでもへっちゃらだって船を出しやがった。ま、止めきれなかった俺も、調子に乗ってたってことだ。だからバチが当たったんだよ。いつもは何でもねえあの曲がり角んとこで、崖にぶつかって大怪我しやがった。右脚やられて、もう船には乗れねえよ。」

河之介は、何も言えなかった。船頭は続けた。
「技の鍛錬は、もちろん大事だ。でもな、それだけじゃ立派な船乗りにはなれねぇ。大事なのはな、心だ。自分の心もそうだが、川にも心がある。分かるか?」
「うん、なんとなく、分かる気がする。船で川下りする時、最初は僕が漕ぐんだけど、流れに乗ったら、川がどうしたいか聴くようにしてる。そしたら、速くもなるし、ゆっくりにもなるし、ぶつかったりもしないで船が進むんだ。そして、とっても気持ちい。」
河之介は、水面に目を向けて、にっこり微笑んだ。

「うん、そういうこった。川には神様が宿っとる。俺たちは、その恵みを受けておるだけ。自分でどうこうできるものなんて、たかがしれとる。川に任せたら、みんなうまくいく。やっぱりお前は、筋がいいな。もう心配いらねえや。一人前の河童の船乗りだ。」
河之介の肩を、船頭のごつごつした手がポンと叩いた。

「ありがとう。嬉しいよ。でも、まだ時々はおじさんの船にも乗りたいな。」

ー 了 ー

昨日は、「ことわざ」をもとにしてショートショートを書こうと思いましたが、たまたま子ども部屋にあった語源の本を開いてしまい、そっちに心を持っていかれてしまいました。

気を取り直して、今日は「ことわざ」からイメージを膨らませたショートショートを。使ったことわざは、ご想像のとおり「河童の川流れ」。

どんなに上手な人、すぐれた人でも、時には失敗することもある、というたとえ。

>ドラえもんの国語おもしろ攻略 ことわざ辞典|小学館 p.54より

どちらかと言うと、戒める場面で使われることわざでしょうか。それが楽しいシチュエーションだったら?と想像して、キュウリ型の船で川下りをする河童の物語にしてみました。

ちょうどよく、キュウリの船に乗る河童のイラストもあったので、トップ画像に使わせてもらいました。
aYaKoさん(イラストac)

参考にしたのは、こちらの本でした。

それでは、また!

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