編集者おすすめの読切マンガ〜勝手に俺のマンガ大賞 第1回〜
若手マンガ編集者2人が、好きだった読切をただただプレゼンしあう「勝手に俺のマンガ大賞2024」。
勝手に俺のマンガ大賞(仮)、第1回です。
今回も、ぜひ楽しんでいってください。
※この企画の経緯はこちらのnoteをご覧ください。
今回紹介した漫画
ごあいさつ
よしむね:はじめまして。コルクの編集者よしむねです。
佐野:はじめまして、同じくコルクの編集者佐野です。
よしむね:まず、この企画の名前「勝手に俺のマンガ大賞(仮)」の由来にもなっている「俺マン」の発起人、小林聖さんに名称の使用の許可をいただきました!
佐野:おお〜〜、めちゃくちゃありがたい...。
よしむね:小林さんへの感謝をこの場をお借りして申し上げます。ありがとうございます!
(仮)をつけてたけど、堂々と「勝手に俺のマンガ大賞」を名乗ってやっていこう。
というわけで、第1回は俺から紹介しようかな。
佐野:OK!楽しんでいこう!
よしむねオススメ漫画 【燃えたい心】
よしむね:僕が紹介するのは南寝さんの『燃えたい心』という作品です。リビドー指数は10段階のうち8。
佐野:リビドー指数ってなんだ笑
よしむね:作品の良し悪しというよりも、リビドーマンガなのか?みたいな?
佐野:なるほどね...? まぁまぁ進めようか笑
よしむね:おす。
この作品を簡単に説明すると、主人公は高校バスケ部のエース。インターハイ予選を突破したと思ったら、数日後に、これまで精神的支柱となっていた顧問の先生が放火で逮捕され、バスケ部が混乱に陥る。
そんな中、キャプテンとエースの間で顧問との出来事を振り返りながら、この先生が放火した理由や生徒との関係にフォーカスされていく。
よしむね:最初3ページは青春バスケ漫画と思ったんだけど、どんどん違う方向に進んでいくんだよね。
佐野:たしかに、ザ・青春漫画って感じではなかったかも。
よしむね:タイトルが『燃えたい心』で、不完全燃焼の気持ちがこの作品のテーマなんだと思ってる。
顧問の先生の話からしていい?
佐野:もちろん。
よしむね:キャラクターの中でもバスケ部の顧問が印象に残っていて、自分の過去を振り返っても、部活のコーチのことってわからなかったなと思ってるところがあったから、ある種の答え合わせになった。
佐野:ほう。そういえばムネもバスケ部だったね。
よしむね:作中の顧問は、一見明るくて爽やかな良い教師なんだけど、バスケ部員の主人公が思い出すエピソードからは、情緒の振り幅が極端なところが垣間見えるの。
よしむね:俺のコーチもめっちゃ泣いてたんだよなあ。この顧問と同じようにいつもニコニコしてたし。放火をするほど極端じゃなかったから、当時はただただ良い人だな〜と思ってたけど。
佐野:キャラとムネのコーチになんか共通点を感じたってこと?
よしむね:「燃えたい心」ってタイトルが示すように、燃えたいけど燃えきれない不完全燃焼感がこの顧問にも、俺のコーチにもあったんだろうなと思った。
この不完全燃焼感が教える側の抱えてる呪いになっちゃってるのかなみたいな。
佐野:なるほど。
作中だと、顧問の先生は子供の頃、自分に才能がないことに気づいてバスケを諦めたって話を、途中で登場した顧問の父親が話してたよね。
よしむね:そこでさ、父親が自分と生徒を重ねて、諦めた夢を託すのは、自分と向き合い続けることにもなるからこそ、内臓を焼かれるような後悔が常に付き纏うみたいなことを言うのよ。
佐野:うん。あの言葉、印象に残る描き方だったね。
よしむね:そこで、なるほど...!と思った。
不完全燃焼の正体って後悔なのかもみたいな。ある種の正解が提示されたようなね。結局誰にもわからないって話ではあるんだけど。
佐野:ほうほう。
よしむね:ただ、ずっと顧問の先生の表情が気になってて、その顔の意味もわかった気がした。
佐野:表情の何が気になってた?
俺は気づいてなかったかも。
よしむね:顧問の先生は泣いてるとき以外は目にハイライトが全くないの。目以外は爽やかな体育教師らしい笑顔、ポーズを取ってるんだけど、目だけが生きている感じがしない。
特に主人公にスリーポイントを決めたらバスケを続けろって言うシーンの顔には、怖さも感じる。
よしむね:あれは過去に取り憑かれてる姿だったのかなと思った。今を生きれていない。
佐野:なるほど、表情で演出されてたってことか。
よしむね:『ラッキーマン』って漫画に努力マンってキャラがいるんだけど、そのキャラはずっと心が燃えてるのよ。
だから努力マンは常に目に炎が宿ってるのね。ちょっと古い描き方かもしれないけど、熱いキャラクターのテンプレ記号表現としてあるわけじゃん。
この漫画だと、顧問が放火するマッチの火を見てるとき、ハイライトがなかった目に炎が映るんだよね。
よしむね:漫画のテンプレ表現ってそもそも記号でしかないけど、心を燃やしたいこのキャラクターがしてしまう行動として放火を選んだのは、このシーンが描きたかったのかなって。
放火っていう行動によって、そのときのストレスを発散しちゃうんだけど、目の中にマッチの炎が映ってしまうのが、なんとも切ないんだよね。
もしかしたらこの先生はそれこそ『SLUMDUNK』の三井みたいな熱いキャラクターに憧れてたのかもしれないね。
佐野:なるほど、おもしろいね。
よしむね:多分そういう意図なんじゃないかな。
で、最後の回想で、実は放火現場に主人公がいて、混乱するままに顧問と逃げるシーンがあって、主人公は顧問に「俺はあんたとインターハイに行きたかったのに!」って叫ぶんだよね。
佐野:うんうん。
よしむね:主人公としては顧問のこともこの状況もわけわかんないけど、でも自分はそう思ってるんだって気持ちをぶつけて、それを受けた顧問の目にはほんの少しハイライトがかかる。
佐野:おぉ〜たしかに。
よしむね:そこでやっと顧問は目の前の生徒のことを少しまっすぐ見れたんじゃないかって感じた。
佐野:なるほどね。
よしむね:回想後の最後のページはやっぱり感情の置き所がない形で終わって、不完全燃焼さっていうのが生徒に受け継がれちゃうのかなって感じた。そういえば顧問の父親も目にハイライトがなかった。
佐野:明確な救いみたいなものはなかったかもね。なるほどな〜。
よしむね:リビドーマンガって、相手のことを理解できないからこその葛藤が生まれて、その果てにエゴを出すって要素があると思っていて。
さっき話した主人公の叫びにはその一端を感じたし、この作品全体を通して、エゴを出す前の葛藤を描き続けている感じがしたかな。
佐野:なるほどね。
よしむね:南寝さんの『燃えたい心』ぜひ読んでみてください...!
ありがとうございます!!
佐野オススメ漫画 【上靴はもう描かない】
佐野:俺の紹介する作品は、問松居間先生の『上靴はもう描かない』。
アフタヌーン四季賞2023秋 準入選の作品だね。
むねにならうなら、マフラー指数は7かな。
よしむね:7ね、おっけー。
『上靴はもう描かない』ってタイトル、引きがあっていいよね。
上靴に絵を描くっていう文化を知らなかったから、それだけでも「どんな話なんだろう?」って気になる。
佐野:そうだね。
そうしたら、まずこの話のあらすじを説明するね。
主人公は、人のために上靴に絵を描いてあげている櫛原さん。
彼女が、もう「上靴に絵を描くのやめよう」って決めてから、自分と同じように人のために色々してあげる甲田くんとのやりとりを経て、「良い人ってなんだっけ」っていうことを考えることになる話。
よしむね:なるほど。佐野ちゃんはこの漫画のどこがいいと思ったの?
佐野:まず、最初にこれを見てほしいの!
櫛原さんが上靴に絵描いて〜って頼まれて、引き受けたところ。
「…神にしては礼浅いな」
めっちゃいいセリフだな、って読んでた時、本当に気持ち良くて笑ったんだよね。確かに、本当に神様だったらしっかり礼するもんなぁって。笑
この一言でキャラが分かるなって思う。
どこか気だるく、皮肉っぽくて、でもそこに嫌な感じはあまりしない。
この子のこと気になる!って思わせてくれて、最初から一気にこの漫画読むのが楽しみになった。
よしむね:ここよかったよね。俺も笑っちゃった。
この温度感の世界で、このギャグセンを出してくれるのかって驚いたし、読みたくなった。
佐野:だよね笑
このセリフに至るまでのコマが、櫛原さん視点なのもいいんだろうね。
ゆっくり彼女が離れていって、ドンって浅い礼が描かれて、そこから「…神にしては礼浅いな」
ツッコミまでの間がしっかり取られてるから、気持ちよかったんだろうなと思う。
よしむね:確かに、テンポ気持ちよかった。
佐野:こういうふとしたセリフも心地良かったんだけど、俺が一番心が動いたのは、クライマックス前の櫛原さんの「良い人と都合の良い人は別か」っていう言葉。
よしむね:へ〜、何で?
佐野:理由を話すには、ちょっと背景を話しておいた方がいいかも。
まず、櫛原さんが「上靴描くのやめよう」って思ったのは、同級生の子の発言を聞いたからなんだよね。
上靴を描くことについて
「好きじゃないとできないよ。きっと楽しんでるって」
って言葉。
ここで、櫛原さんは「それ言う権利あるの私だけだろ」って、描くのをやめることを決めるんだよね。
よしむね:「私もやることあるのに、何で人のために」って感じだったよね。
佐野:そうそう。
ちょっと、櫛原さんの気持ちわかるかもな、って思ったの。
よしむね:ん、櫛原さんのどんな気持ちがわかる?
佐野:俺は、高校時代いじられキャラだったんだけどさ。
人を笑わせるのはめっちゃ楽しかったし、嬉しいの。
でも、こいつはいじられるの好きだから、ってスタンスで接されるのは、あんまり好きじゃなかったんだよね。
まさに「それ言う権利あるの俺だけだろ」っていう感じ。
よしむね:なるほどね。
そこが、自分の高校時代と櫛原さんがシンクロしてたんだ。
佐野:そうそう。
それでも、やっぱり俺は笑ってもらえるのは好きなのよ。
櫛原さんも、最初は描くのが楽しくて、喜んでもらえるのが嬉しかったんじゃないかな、って思う。
なのに、いつからか雑にお願いされるものになっちゃって、周りからも、「好きじゃなきゃできないよ」とか言われて、感謝も浅い礼しかされない。
自分の「好き」が、あたかも当然かのように消費されていく。
めっちゃ嫌な気持ちになるよね。
よしむね:確かに。物語には描かれてないけど、誰かの上靴に絵を描き始めた、っていうタイミングはあるはずだしね。
それが少しずつ変わって、今になってるってことか。
佐野:うん。
そんな中で、都合よく扱われる人になるくらいなら、もう全部やめちゃおうってなった櫛原さんを見て、俺はすごい寂しかったんだと思う。
だって、絵を描くのは好きだったはずだし、誰かにありがとうって言われて嬉しかったはずだと思うんだよ。
それを全部手放しちゃうっていうのが、とても寂しかった。
でも、そんな扱われ方したら手放したくなるよな、っていう思いもあってやり切れない。
よしむね:そうだね。
「都合の良い人」は、自分の好きを消費されてることを受け入れちゃってる人、みたいなことなのかな。
佐野:まさに、そういうことなんだと思う。
櫛原さんは、それが嫌だと思って、じゃあ全部やめちゃおうってなるんだけど、ここで甲田くんが効いてくるんだよね。
甲田くんは、色んな人に頼まれて、ほいほい手伝っちゃう良い子。
だけど、物語の終盤で、彼を都合よく借りようとしてくる子がきた時に、その子から隠れて、その依頼受けなかったんだよね。
佐野:それを見て、櫛原さんは「良い人と都合の良い人は別か」って思う。
よしむね:甲田くんは、自分の意思で良い人である機会を選んでる、ってことかな。
それに、櫛原さんが気づくってことか。
佐野:そういうこと。
それを経て、甲田くんのために、櫛原さんは絵を描いてあげるんだよね。
よしむね:櫛原さんが自分で選んだんだ。
佐野:うん。
俺はこれを見て、本当によかったなぁ...って思ったんだよね。良い人と都合の良い人って本当に別だなって思う。
俺は、都合の良い人でありたくない、って思ってたのにそこから抜け出せなかったわけだし、その差って結構大きい。
でも、都合よく扱ってくる人のためじゃなくて、自分の好きを大切にしてくれる人のために良い人であるのって、とても素敵なことだなって思う。
甲田くんは、櫛原さんが描くことを、すごい大切にしてくれてた。
自分もそうありたかったな、って思うし、何より櫛原さんは好きだったことを捨てることもなく、ちゃんと大事にしてくれる人がいて、本当に良かったって思った。
よしむね:なるほどな〜。
佐野:俺は、この作品を読んで「良い人と都合の良い人」っていうテーマの先に「嫌な世間に呑まれても、好きを手放さないで」っていう主張があるんじゃないかなと思った。
「良い人であることを自分で選ぶ」ことは
「自分の好きを大切にすると決める」ことと同じ
なんじゃないか、っていうか。
消費されることで、好きだったものが嫌いになっていく。
他人から勝手に決めつけられていく。
そんな風にされて手放しそうになる好きも、大切にしてくれる人がいるし、ちゃんと好きであり続けられるよ、っていうことを、押し付けがましくなく、本当に爽やかに描いてるような気がした。
もしかしたら、問松先生にとって、それがマンガだったりするのかも。
もしそうだったら、この作品を描いてくれてとても嬉しいなと思う。
すごい清涼感がある読み心地の、良い作品でした!未読の方は、ぜひ読んでみてください。
僕のプレゼンは以上です!
最後に
よしむね:第1回、やってみてどうだった?
佐野:改めて、編集者として好きな漫画について話すのは、楽しくもあり、身も引き締まるなと思ったな。
よしむね:そうだね。これからも気合い入れてやっていこう。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。
第2回では、2人がXで見つけた作品がノミネートされました。お楽しみに。
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