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名前の話



 自分の名前が嫌いだ。
 
 完全に名前負けしている。そのうえ読みにくい。さらに氏と名の取り合わせが悪い。白米に苺ジャムをぶっかけたような、バランスの悪い名前だと思う。


 特に読みが嫌いだ。常用の読みからは当然のごとく外れているし、口頭では聞き取りにくい。自己紹介の時はいつも憂鬱だ。一度発音しても大抵正しく聞き取ってもらえないので、「あいうえおの『あ』に、かきくけこの『き』に……」を文字数分繰り返す。こんな人間の紹介に余計な時間を取ってしまい申し訳ないと思う。と同時に小学校の頃、3年間一緒のクラスでよく遊んでいた友人に名前を間違えて覚えられていると判明した時の記憶が鮮明によみがえる。

 自分の名前が嫌いなこともあり、名前について、特に他人の名前に思いを馳せることが多い。名詞の指示機能に関する小難しい話などではなく、この字面がかっこいいとか、この氏名の取り合わせが良いとか、そういう単純な思いを巡らせるだけだ。私は「折口春海」が好きで、「牧田治」が好きで、「病院坂法子」が好きなのだ。


 とりわけ「萩原朔太郎」が好きなので、「名前の話」を読んだときはかすかな引っ掛かりを自分勝手に覚えた。説明のしにくさとか字画とか、根拠はいろいろあったけれど、萩原朔太郎が「萩原朔太郎」を好いていないというのは、「名前の話」を初読した頃のまだ未熟な私にはいささか華奢な悩みの様に思えた。

 きっとそうではなく、結局のところはないものねだりなのだろう。
 もしかしたら萩原朔太郎も、私の名前を少し羨ましく思ってくれるかもしれない。

 ところで私は「芳丸」という名前で創作活動をしている。姓か名かで言えば一応名のつもりだ。いずれ支障をきたすことがあれば、こっそり姓が追加されているかもしれない。
考案した当時は文句なく気に入っていたのだが、最近声に出して呼んで頂くことが増えて、なんだか音がふにゃふにゃしているという欠点が浮き彫りになった。濁音なんか入れてもよかったかもしれない、と今になって思う。

 ありがたいことに、芳丸という名前と私の絵柄や作品を結び付けて認知してくださる方も少し増えてきた。
 ここはひとつ観念して、このふにゃふにゃな、芳と丸が互いの縁起の良さを相殺しそうな名前でもう少し息をしてみようと思う。

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