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【散文】6・楽園の恋人たちは

夏川佳子

 楽園を追放される前、アダムとイブはふたりとも裸であったが、恥ずかしがることはなかった。
 神は言われた。
「すべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」

 木というのは生命と繁栄の象徴であるが、善悪の知識の木は両極性や不均衡なものを表すという。すなわち、死すべき運命を知るということだ。不均衡な力は虚無のうちに滅びるだろう、といつか読んだ本に書いてあった。
 また林檎は生殖の秘密を示すメタファーとして機能している。ヘビは神が創られた野の生き物のうち、最も賢い生き物であり、イブをそそのかす。
「決して死ぬことはない。それを食べると目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存知なのだ」

 しかし、ここに描かれているのはまだ知恵の実を食べる前の姿だ。ふたりはまだ、無垢で従順だ。
 アダムの背後には生命の木が、イブの背後には善悪を知る木が見えている。不死なるものと、死すべき運命とが拮抗している。知恵の実を食べることは物質的宇宙の目覚めであり、個我の目覚めでもある。しかし、その時はまだ先のことだ。

 恋人たちの上空には大天使ラファエルが大きな翼を広げて、ふたりを見守っている。頭上には煌々と輝く霊太陽が、楽園を照らしている。
 アダムはイブを見つめているが、イブの視線はアダムを見ていない。大天使のいる天界を見上げるような格好だ。これは大天使の顔色を伺っているようにも見える。もしかすると、イブの心には、知恵の実を取って食べてみたいという思いが芽生え始めているのかもしれない。はっきりとした欲望ではないけれど、微かな兆しのようなものを読み取ることができる。
 だが、イブ本人にも自分に兆しているものの正体は理解できていない。その欲望が、何を意味しているのかということを。

 ヘビは知恵の原理そのものを表すといっても良い。自分が自分を認識し、自我を獲得するということは、神に造反することに他ならないが、別の見方をすれば自由意志を持つということだ。ヘビは人間を絶対的な運命論から解放する、宇宙の救い主であるとする思想も存在する。
 もし、ヘビが単なる悪の象徴であるとするなら、イエスが使徒に向かって「ヘビのように賢くなれ」という言葉を言ったりはしないだろう。ヘビは脱皮を繰り返す生き物であり、再生や輪廻転生の象徴でもある。グノーシスの一派は、エデンの園のヘビを「私たち個々の存在理由である」として敬ってきた。
 私たちは今なお、善と悪の間を彷徨っているけれども、それは自由意志を手にすることの代償なのかもしれない。

 さて、恋人たちはこの先に起きることを知らず、純粋な恋の喜びの中にいる。6という数は調和や完全な美しさを表すのだという。六芒星は頂点を上にする「上向きの三角形」と頂点を下にする「下向きの三角形」の組み合わせでてきている。上向きのものは「火の三角形」、下向きのものは「水の三角形」とも呼ばれ、男性性と女性性の融合をシンボライズし、顕在意識という光の領域と潜在意識という闇の領域の融合をも表しているのだ。
 アダムとイブはこの時点では、均衡の取れた完全性の中にとどまっている。

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