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【詩】小さな声で語られるもの

ミヒャエル・エンデの『鏡の中の鏡』の書き出しは
わたしをいつも不思議と泣きたい気持ちにさせる

『許して、ぼくはこれより大きな声ではしゃべれない。
 きみが、そう、ぼくの話しかけているきみが、いつぼくの声をきいてくれるのか、ぼくにはわからない。                                                                                                                                               いや、そもそもきみは、ぼくの声がきこえるのだろうか?』

(ミヒャエル・エンデ『鏡の中の鏡』 丘沢静也・訳)

* … * … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * …

大切なことはかならずしも
大きな音を立ててやってくるとは限らない

さりげないこと、
たとえばかすかな風のそよぎ、
淡い光に含まれる繊細な色合い、
一滴の雫が落ちる音の中にも
何か大切な秘密が含まれている

自然は一瞬もとどまってはいない
遥かな時の流れの中で
目の前の風景がしんと静まり返っているとしても
5秒前の静寂といまの静寂とは同じではない

樹皮の中で水や養分が運ばれていく音、
岩陰を静かに走るトカゲの気配、
どこかの葉蔭で羽化する昆虫の柔かい羽の色

たくさんのいのちの気配を内包した静寂に
耳を傾けてみよう

小さな声でしか語られない真実がある
大きな物音を立てた瞬間に壊れてしまいそうな
繊細で大切な何かだ

光のゆらめきや水の作り出す不定形の模様を
飽くこともなくぼんやりと見つめる子どもたちは
言葉を超えた言葉で非物質なものたちと会話をする
静かで幸福な繋がりを感じている

(大人たちは自分の知っている鋳型に当てはめたがるが
彼らの姿は既存のかたちとはみんなちがっている)

小さな声や声なき声を
わたしはどれだけ掬いとることができるだろうか
揺らめいてある精妙なものたちに
どれだけ波長を合わせることができるだろうか

いつもでなくてもかまわない
すべての事柄でなくてもかまわない
ふと気がついた時に
そんな小さな真実に心をとめられるようでありたい


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