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【散文】マイスター・エックハルトのこと

 中世キリスト教神秘主義では、「接神体験」がテーマの一つになっています。接神体験とは、神と人との合一ということです。この体験が顕著なのは、12世紀から13世紀にかけてです。

 神と人との交感は、しばしば恍惚とした境地を生み出し、「結婚」というイメージの中で官能的な体験をする修道女も現れました。イエスと心臓を交換する、心臓に十字架を埋め込まれる、恍惚の中で聖痕が刻まれる、といったような。

 このような「結婚」のイメージは、旧約聖書にルーツを求めることができます。ソロモンの雅歌は、とても官能的です。信仰を持つことを、花婿と花嫁の聖なる結婚に見立てるという、伝統があるのです。これは女性信徒に限ったことではありません。信仰を持つ人は皆、「主の花嫁」と呼ばれます。

 さて、修道女たちの情緒的な接神体験とは一線を画し、理性の光に照らされて神人合一を理論化したのが、マイスター・エックハルトです。13世紀のドイツに生まれた、思弁的神秘主義者です。

 エックハルトは接神体験を、「神の顕現による自我の消滅」と捉えました。自らを空虚にすることによって、神と一体になることができると考えたのです。

あなたはあなたの自己からすっかり離れ、神の自己に溶け込みなさい。そうすれば、あなたの自己が完全にひとつの自己になり、神とともにあるあなたは、神がいまだ存在していない存在であり、名前のない無であることが理解できるでしょう。

ブックスエソテリカ18・神秘学の本「マイスター・エックハルト」より

 エックハルトの思想は、人々が直接、神とひとつになることを示唆しています。それだけにとどまらず、神の本質を「無」と捉えていることがわかります。すべての人の内側に神性が宿るといった考え方は、「教会の介在なしに神と直接交わる」ことを意味したため、異端審問にかけられ、1329年に異端宣告を受けています。

 しかし、彼の思想はその後の哲学者、神学者、文学者をはじめ多くの人々に、大いなるインスピレーションを与えてゆくことになります。そして今、私がエックハルトの言葉に触れてもなお、豊かな輝きを放っています。

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