バレエ小説 グランジュッテ その5

凜はお手本にしてもらったのが嬉しくてたまらず、その後ニヤニヤがしばらく止まらなかった。
その後はアラベスクやピルエットの練習で最後はジャンプの練習。今回は全部やらせてもらえた。アラベスクで回ったりするとどうしてもまだ落ちそうになるけれど、今日は絶対にやるんだと決めて来たから斜めになりながらも踏ん張った。
クラスレッスンからあっという間の3 時間。凜にとっては新しいことができたという喜びに満ち溢れた充実した時間だった。
「どうして学校の授業は45 分なのに長く感じるんだろう。」帰り道、迎えに来てくれたママに言った。
「好きな事をやっている時間は飛ぶように過ぎてしまうのはみんな同じ。それだけ集中しているってことよ。良い事よね!ママだって本を読んでるとあっという間に夕方になっちゃうからどうしてだろうって思う時がしょっちゅうよ!」
「ああ、それで夕飯が納豆ご飯と味噌汁だけっていう事になるのね!」
「… そう、そういう事!だって、本の世界って魅力的じゃない?」
「分かるけど… 凜、お肉食べたい時もあるんだよね。」
「あら、じゃあそんな時は言ってよ。お肉パパっと焼くから。」
「うん!そうする!」
そんな他愛もない会話が凜にとっては楽しかった。いつも忙しそうにしているママだから、家でも一人で遊ぶことがどうしても多くなってしまう。そんな時は本を読むか、自分の部屋でぬいぐるみを片っ端から並べてみるか。最近はバレエ熱がすごいために概ねスト
レッチをする時間に充てているけれど。
家に帰るや否や、凜は2 階に駆け上がってバレエノートを開いた。今日あった出来事を書き留めて合わせて体も動かしてみる。雨野先生のバーレッスンをゆっくり思い出しては首のつけ方を注意深く復習してみた。そうこうしているうちに1 階からママの声がした。
「ご飯できたから降りてらっしゃい!」
「はーい!」
1 階に降りると、凜が大好きなチキン南蛮が用意されていた。
「わー!チキン南蛮だ!やったー!」
「さっき、お肉が食べたいって言ってたからね。」ママは缶ビール片手にじゃがりこを食
べていた。
「ママ、食べないの?」
「夜食べると太るから一切れだけもらうわ。」
「でも、ビールの方が太るんじゃないの?」
「だから、白ご飯食べないの!炭水化物抜きダイエット!」
「ふーん。それ意味あるの?大人って難しいんだね。」
「そう、大人は難しいの。」
その夜はママが爆発することもなく、穏やかに過ぎた。眠りにつく前に月刊バレエに
掲載されていたオリガ・オシポワの写真を眺めて、
「いつかこんなふうになれたらな。」
と思った。

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