バレエ小説❤️グランジュッテ その4

だから、凜ができるのは5番でスッス― 足先を外側に向けた状態でクロスして両足つま先で立つ― して、体を前後左右に倒してポアント(つま先立ち)で動かないようにすることや、自分でシャンジュマン(5番の足を左右変えながらジャンプ)する時に軸が使えているか確認してもらうくらい。
それでも優雅に踊るお姉さんたちを見て刺激を受けている。
ナナ先生の口癖の一つで、
「物は盗んじゃいけないけど、バレエは人のやっていることをよく見て良いところは目で盗みなさい!」
ということを凜は実践している。でも、そのせいで先生からは
「顔が真剣すぎて怖い。」とよく言われてしまう。集中しすぎると、表情のことまでまだ考える余裕がない。目下、レッスン中に表情を豊かにするというのが目標だけれど、それが案外、難しかった。
 ストレッチを終えた頃、プチクラスのレッスンが終わった。それと同時に、雨野先生も教室に入ってきた。凜が先生の傍に行って挨拶をしていると、レッスンを終えた小さい子たちも凜に倣うようにして先生に挨拶をしに来た。
凜がYAGP の日本予選に行ってから上達して帰ってきたのを見たバレエ教室の子達も刺激を受けて、教室自体、俄かに活気が出てきた。これまでは地域の一バレエ教室だったのが、もしかしたらプロも目指せるんじゃないかと思わせるような雰囲気が漂い始めたのだった。
最初は雨野先生のクラスレッスン。レッスンは淡々と、でも、ものすごく丁寧に、きっちりと進む。ナナ先生のレッスンとは対照的だと凜は思う。ナナ先生は感情の起伏が激しく、小さな声でしゃべることなどほとんどない。みんなが騒がしければそれ以上に大きな声を出して「人の話を聞けー!」
とよく叫んでいるし、笑顔が絶えない。ちょっといい加減なところもあって、みんながバーでプレパレーション(準備)をする前に音をかけてしまって、生徒たちが慌てて音を追うというようなせっかちなところがあるのに比べて雨野先生はプレパレーションが全員きっちりできるまで絶対に音を出さない。だから、この先生たち二人がしゃべっているのを見ると、何を話すのかと不思議でたまらなくなる。それでもナナ先生が笑顔で話しているのを遠目から見ているから、大人はすごい。と、11 歳の凜は感心する。学校のクラスの子達なら、自分と雰囲気が違うことはまず話そうともしないのだから。
雨野先生のバーでのアンシェヌマン― 動きの組み合わせ― は単純だけれど、組み方がナナ先生のそれとは違うから難しい。でも、どの先生のレッスンでも足と手と顔の向きとを音に合わせて動かすのは同じ。だからいつも脳みそがフル回転状態で、上手くできた日や身体が自分で思うようにコントロールできなかった日などがあるけれど、レッスン後は頭の回転がすごく良い。毎回、家に帰るとすぐさまバレエノートに出来たこと、出来なかったことを書いて反省しながら体を動かしてみる。そうするとレッスンではできなかったことがスッと入ってきたりするのが心地よかったし、不思議と終わってなくて手こずっていた宿題も捗はかどった。
雨野先生のクラスレッスンが終わると先生が
「45 分からスタートするからトウシューズ履いて!それ以外の子はここで終わり。」
生徒たちが一斉に先生の前に集まって
「ありがとうございました!」
とレベランス― バレエの挨拶― をした。
 凜がトウシューズを履いていると帰る用意ができた同じ学年の子達が「凜、頑張ってね!」と言って足早に稽古場から去って行った。
 凜はこれから始めるパドドゥクラスにワクワクしていた。前回初めての時は、軸が安定していなくて始終グラグラしっぱなしだった。先生に両手で腰を持ってもらい、5番ポジションからスッスして立った時でさえ、斜めにされただけで不安な気持ちから動いてしまった。
雨野先生は「絶対に落とさないから僕を信じて。」と言われるけれど、男の人に腰を支えられて信用するという意味がいまいち理解できなかった。
それでも堂々としている上級生を見て「私もできる!」と言い聞かせてのリベンジだった。先生はそんな凜の思いを知る由もないのだけれど。
 凜の順番になり、プレパレーションと同時に大きく深呼吸した。「ヨシッ!」と心の中で気合を入れてから5,6 のカウントで歩き始めて7,8 で5 番からプリエしてスッスして頭のてっぺんから何かで引かれるように大きく伸びた。1 のカウントから先生が倒し始めた時、前回よりも自分がリラックスして出来ているのを感じた。前後左右に先生に倒されても自分の軸がしっかりあるのが感じられる。
「あ!これなら今日は動く感じがしない!」
と嬉しさのあまり表情がほころんだ。一番最後だった凜が終わると曲を止めた先生が
「良くなってるね。名前は?」
「りん… 柳木凜です!」
「凜ちゃん?みんな、凜ちゃんを見てて。じゃあ、ここ来てもう一度同じことをやってごらん。」
「はい!」
凜はそう言われると急に緊張してしまって、さっきやったような感覚ではなく、上級生からの視線で固まっている自分を感じた!
「さっきの方がだいぶ良かったんだけどな。凜ちゃんの伸びようとする感じをみんなも感じて!じゃあ、最初の人からもう一度。」雨野先生は苦笑いしながら最初の高校生に戻った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?